第44話 俺っ子で小悪魔な王子様系後輩と映えデート(7)
「……なんか、申し訳ないな。こんなへたれでさ」
「そこも良いところです。……これが“恋は盲目”ってやつですかね? あはは」
それから、何歩か歩く。
ぱたぱた。ぱたぱた。ぱた……。狐の嫁入りが、傘を鳴らす。
僕は薫の顔を見て言った。
「……ごめん。僕にも憧れの人、いるんだ」
薫はゆっくりと瞬きをしてから、苦笑した。
「ええー……。コクってないのにフラれたんすけど」
こういうとき、薫はずいぶん大人っぽい顔で笑うんだな、と気づいた。
この、ひとつ年下の女の子の中には、素直な後輩の単純さと、恋する女性の複雑さが同居しているのだ。
「憧れの人の名前は、姫宮なのかさん。ですよね?」
「……一輝先輩に聞いたの?」
「話の流れでわかるっすよ。俺はダチョウじゃないんで。……まあ、多少は質問したっすけど。玲音先輩も一緒に、グループチャットで」
まじか。恥ずかしいな。
薫は、僕の腕を、ぎゅうっと強く抱きしめた。そして、
「ちゅ」
と軽い音を立てて、僕の頬にキスをした。
あ、と思う暇もなく、薫は傘の外に出る。
すでに雨は上がっていた。狐の嫁入り行列は、どこかへと去って行ったらしい。
呆然と頬に触れる。柔らかい感触が残っている。
「これも聞きました。だから、平等に、俺もほっぺたに」
薫が上半身だけで振り返って、僕を見た。ツインテールが、ふわりと揺れる。
「今日はこれくらいにしてあげます。でも、姫先輩の長年の恋が破れる、まさにそのときに――、俺が先輩に優しく寄り添って、恋心をかっさらうんで。覚悟しといてください」
僕は苦笑してしまう。
「……破れる前提なの? ていうか、別にその、僕は叔母さんに告白したりする気はなくてさ。本当に憧れているだけっていうか。僕なんか、相手にもしてもらえないだろうし……」
「だったら、相手にしてもらえるようになって、告白したらいいじゃないですか」
「いや、薫ね。そんな簡単に……」
いくわけない、という言葉は、飲み込んだ。
薫の瞳が潤んでいたから。
「しっかり自分を磨いて、さっさと告白して、玉砕してくださいよ。分かってると思いますけど、俺も玲音先輩も一輝先輩も、けっこう馬鹿なんで。いつまでも待っちゃうんですからね」
「……待たなくてもいいのに」
傘の水滴を払って、折りたたむ。
そう言ったけれど、僕にも分かる。
待ってしまう気持ちが。停滞してしまう気持ちが。心の柔らかいところを崩したくなくて、現状維持を選んでしまう、その気持ちが。
でも、一輝先輩は言った。
『私は一年経たないうちに、卒業するのだ』
時間は平等に流れる。誰に対しても。
停滞なんてしてくれない。
だから僕らは、傷つくことに立ち向かうべきなのだろう。
「次は玲音先輩の番っすからね」
「……うん。今日はありがとう、薫」
「はい。ありがとうございました! ……あ、料理は変わらず教えてもらいに行きますからね! 油断してたら、今度は反対のほっぺたにちゅーしますよ」
悪戯っぽく――小悪魔みたいに、薫は笑った。
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