第36話 王子様系モデルの甘い休日(6)
五月はマンゴーの季節……らしい。
「今回はリッチに、マンゴーピューレを凍らせて削ることにしました」
マンゴーの皮を剥き、傷んだ箇所を取り除く。また、綺麗なところを少し、トッピング用に取り分けておく。それ以外の部分をシロップと合わせ、ミキサーでピューレにしてから凍らせる。
こうして作ったマンゴー氷をかき氷器で削れば、マンゴーかき氷になる。
「マンゴーも貰い物なのか? 県南では、さすがに作っていなさそうだが」
「はい。叔母さんが、規格外品を大量に安く買い取ったらしくて。そのうちのひとつが、うちに」
「……つくづく、なんの仕事をしているのかよくわからん人だな……」
皿に盛ったオレンジ色のかき氷。砂糖とマンゴーの成分が入ったことで、少し柔らかく仕上がっている。カットしたマンゴーを盛り付け、練乳を回しかけ、彩りにミントをてっぺんに乗せれば完成。
ローテーブルに配膳する。
お湯の入ったマグカップも添えてみた。お腹が急激に冷えてしまうのを防げるらしい。マンゴーが小ぶりだったので、かき氷自体の量は少なめ。今の僕らにぴったりな量である。
……足りなかったら、またダッチベイビー・パンケーキでも焼こうかな。
「どうぞ、召し上がれ」
「うむ。ありがとう。いただきます」
スプーンを差し込んで、オレンジ色のかき氷をすくい、口に……届くよりも前に、甘い香りを感じる。
かぐわしいマンゴーの匂い。まとわりつくような、とろけるようなのに、でもどこかフレッシュで爽やかで、過ぎ去ったあとに尾を引いて残る。
南国に行ったことはないけど、これがきっと、南国の風なんだと思う。
口に含んだ途端、儚く融けていく。
「美味しいよ、姫ちゃん」
と、一輝先輩はやはり、噛み締めるように食べている。
ふと、彼女は顔を上げて僕を見た。
「しかし、アメリカ式のチーズ・フロスティングがかかったキャロットケーキから始まり、イギリス伝統のアフタヌーンティーに、台湾の芒果冰……。今日はずいぶん異国情緒漂うラインナップだったな、姫ちゃん。何か理由があるのか?」
「ほら、最初に言ってたじゃないですか。世界各国の甘味をー、って」
一輝先輩に呼び出された日に、言われたことだ。
『姫ちゃんは料理が上手だと、なのかさんが言っていたぞ。世界各国の甘味を味わわせてくれるはずだ、と』
叔母が勝手に言ったことだけれど、でも、そう期待されたのであれば、応えたいと思うのが当然だろう。
「……そうだったな」
「だから、いろいろな国のスイーツを作ってみようかなって。僕の腕だと、簡略化したものばっかりになっちゃいますけど」
「その気持ちが、何よりも嬉しいのだ」
一輝先輩はかき氷をすくって食べ、微笑んだ。
「私はな。この身長とこのスタイルとこの顔つきだから、モデルになれた。もちろん、それ相応の努力もしてきたが、親からもらったものが一番大きい。クールでミステリアスで高身長……」
また一口食べる。
「……だが、本当の私は違う。以前も言ったが、私は物静かな少女だった。今も本質は変わらない。姫ちゃん、私は――」
また一口。
「――本当は、物語に関わる仕事に就きたいんだ。小説や、漫画や、アニメやドラマや映画の仕事が」
凪いだ海に映る月明かりみたいな口調で、一輝先輩は囁いた。
本心の吐露だった。
「……モデル、嫌なんですか?」
「嫌ではないぞ。楽しいし、面白い。収入も凄いことになっているしな。ただ、ブランドイメージのために、言いたいことや、やりたいことに制限がついて、本当の私をさらけ出せないことだけは……、どうにも、苦しい。家でも親に『外でそんな話をするんじゃないぞ』なんて注意されるし、そもそも親とは趣味が合わんし。アニメ見ないからな……」
彼女はかき氷の最後の一匙を口に含んで、ゆっくりと飲み込んだ。
それから、お湯の入ったマグカップを両手で包み込む。細く長い指が、とんとん、とリズムを刻む。
……叔母が、一輝先輩をこの家に押しつけた本当の理由が、ようやく分かった気がした。
きっと、この古民家だけなのだ。僕よりひとつ上の女子高生が、友達と気兼ねなく、好きなものについて語り合える場所は。
「……僕が聞きますよ。アニメの話も、映画の感想も。甘いものも、作ります。大丈夫です。僕、口は固いですから」
そう言って微笑む。一輝先輩も、微笑んで――、ソファの上で膝立ちになった。顔が赤い。真っ赤だ。
「なあ、姫ちゃん。前は止められたが、今日はもう我慢できん。この、はち切れんばかりの感謝を伝える方法を、他に知らんからな。ハグをするぞ。嫌なら突き飛ばしてくれ」
一輝先輩は、ゆっくりと両手を広げて、僕を抱きしめた。
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