第35話 王子様系モデルの甘い休日(5)
その後、なんとMCU作品を順番に見ながら、だらだらとアフタヌーンティーを楽しむことになった。もちろん最初は『アイアンマン』からだ。
「なんか、新海誠監督作品を順番に見るのかと思っていました」
トニー・スタークが洞窟でカンカンやるシーンを見ながら、そう呟く。映画をあまり見ない僕でも見たことがあるから、食べながら流すにはちょうどいい。
「『天気の子』と『すずめの戸締まり』は、だらだら見るには向かないからな。特に『すずめ』は、あくまで個人的な考えではあるが、日本人なら居住まいを正して見るべき作品だと考えている。あと順番に見るなら『ほしのこえ』……いや、『彼女と彼女の猫』からだな。五分弱のアニメーションなのだが」
一輝先輩は、スイーツ以外ではアニメや映画の話題でも饒舌になる。
「最近の私は、“彼女の猫”に感情移入してしまうな。“彼女”のほうは、きっと姫ちゃんだな。うん、そうに違いない」
「どういう意味ですか、それ。見てないんで分かんないですよ」
そう言うと、一輝先輩は雨上がりに雲の切れ間から差す日差しみたいな、とても優しい顔で微笑んだ。
「なら、また今度、一緒に見よう。一人で見るんじゃないぞ。……それで、きっとどういう意味か分かるだろうから」
「じゃあ、その時を楽しみにしてます」
テレビ画面では、トニー・スタークが最初のアーマーを完成させ、洞窟から脱出しようとしている。
「一輝先輩、ファンタジーとかSFとか、けっこう好きですよね。うちの本棚でもそっち系のラノベ読みがちですし」
「うむ。電書派なのだが、紙もまた味があっていい。だが……」
しょもん、と眉を下げる。
「……こういう話も、事務所に止められているのだ。ブランドイメージを守り続ける必要があるから、あと一年は駄目だ、と」
別にいいんじゃないかなぁ、とは思うけど。オタク趣味、昔は迫害されていたと聞くけれど――それこそ父さんがたまに「昔はオタクというだけで犯罪者扱いされた」なんて言う――今は、むしろ一般的なんじゃなかろうか。
芸能人でもアニメ、漫画好きを公言する人は多いし。
……いや、そうか。事務所が隠したいのは、どちらかといえば、一輝先輩のオタクなところじゃないのかも。天然気味なところとか、可愛くて控えめな性格とかを隠したいのかもしれない。
いずれにせよ、ただの男子高校生が関与できる話ではない。『私がアイアンマンだ』じゃないけれど、堂々と言えるようになる日まで、彼女のそういうところはこの古民家の中だけの、秘密のことであり――。
――そんな僕らの関係に、ある種の特別さを感じてしまうのは、青少年として致し方ないことであると許してほしい。
●
一輝先輩曰く「見なくてもいいとされているけれど私は是非見てほしい派」である映画『インクレディブル・ハルク』を見終わる頃には、アフタヌーンティー・スタンドは空になっていた。
二人でホールのタルトやスコーンを食べ切ってしまったわけだけれど、意外とお腹の余裕がある。
「小麦粉とバターが中心の食事だから、もっと苦しくてもおかしくはないのだが。するっと食べられてしまった。ゼロカロリーだな」
「いや、普通に時間かけて食べたからだと思いますけど……」
大作ハリウッド映画二本分……およそ四時間。
いい紅茶を添えたのも、効果があったのだろう。口も胃袋もさっぱりしている気がする。……気がするだけ。
お腹の中には、しっかりと重たい脂肪と糖が溜まっているはずである。
「帰る時間が遅くなるとよくないですし、そろそろ最後の食事にしましょうか」
「む。そうか。では、続きはまた後日だな」
続きも見るんだ。めちゃくちゃ本数あるんじゃなかったっけ。先が長いね。
ともあれ、時刻は十六時過ぎ。晩ご飯には早い。
お腹の調子も考えて、軽めのものを用意してある。
準備もすごく簡単。冷凍庫から取り出したオレンジ色のそれを、かき氷器でゴリゴリ削るだけだ。
一輝先輩が「ほう!」と嬉しそうな声を上げた。
「芒果冰だな、姫ちゃん!」
その通り。
台湾の名物スイーツ、マンゴーのかき氷である。
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