第33話 王子様系モデルの甘い休日(3)
アフタヌーンティー。
イギリスで生まれた、文字通り午後にお茶を楽しむ文化である。
「元来、十九世紀のイギリスでは朝食と夕食、二回の食事がスタンダードだったそうだ。しかし、ランプの普及などによって夜に使える時間が増えた結果、ディナーの時間がどんどん遅くなってしまい、夕方頃には耐えがたい空腹が襲ってくるようになった」
一輝先輩が饒舌に語る。
ローテーブルに置いたアフタヌーンティースタンドを、いろいろな角度からじっくりと、嬉しそうに確認している。
「そこで、ベッドフォード公爵夫人アンナ・マリアが午後四時頃にお茶とパン、菓子類をメイドに用意させた。その軽食が、いつしか友人を招待する社交の場になり……アフタヌーンティーへと発展していったのだとか」
「く、詳しいですね……」
「ふふ。甘味に関する情報収集は欠かしていないのだ。……もっとも、ここ以外では食べられないから、本当にただ情報収集を繰り返していただけなのだが」
悲しい耳学問ならぬネット学問である。
紅茶も用意した。朝と同じものの他に、別の缶のものも。ミルクと砂糖もね。なんちゃって程度ではあるけれど、ナプキンもテーブルに置いてみた。これだけで、だいぶ雰囲気が出るものだ。
「しかし、姫ちゃん。よくアフタヌーンティースタンドなんて持っていたな。これも、なのかさんが?」
「はい。なんか、経営に口を出している喫茶店で使うかもしれないからサンプルとして買ったけど、結局違うスタンドを採用したそうで」
一人用のアフタヌーンティースタンドなので、サイズは小さめだが、僕ら二人が家で楽しむ分にはちょうどいいだろう。
一輝先輩が苦笑した。
「つくづく、仕事の幅が広いというか……本業は何なのだろうな、あの人」
「名刺には総合コンサルタントって書いてありますけどね」
僕も苦笑する。
「叔母さんに名刺をもらったとき、僕は『コンサルタントって格好いいね』って褒めたんです。でも、叔母さんは爆笑して……、こう言ったんですよ」
曰く――、
『憶えておきなさい、ことか。コンサルタントっていうのはね、まだ捕まっていないだけの詐欺師なの! 騙した相手に得をさせることがあるから見逃されているだけなのよ!』
――と。
一輝先輩が声を上げて笑った。
「なんとも、なのかさんらしい。……む、待て。ひょっとして、姫ちゃん。なのかさんは“ことか”呼びなのか?」
「そりゃ……そうですよ。叔母さんも姫宮だし」
「そうか。そうだな、そうだよな……なのかさん、ずるいな……」
ぼそぼそと何か呟いて、けれどすぐに首を振った。
「今考えても仕方のないことだ。――よし、いただくとしようか。アフタヌーンティーにも、様々なマナーがあるが……、まずは日本のマナーを守ろう」
二人で手を合わせる。いただきます。
●
一輝先輩が言ったように、アフタヌーンティーには様々なマナーがあるけれど、中でも特徴的なのは順番だ。
セイボリー、スコーン、ペイストリーの順番で食べなければならず、逆行することは許されない……らしい。
あ、セイボリーというのは、塩気のある甘くない軽食を指し、ペイストリーは甘いタルトやパイを指すそうだ。今回の場合は、それぞれキュウリのサンドイッチとフルーツタルトがそれに該当する。
「というわけで、まずはキュウリのサンドイッチから。当時のイギリスでは、新鮮な野菜、特にキュウリは高級品だったそうだ。……うむ、みずみずしくて美味しいな。玲音のような言い方をするなら、バターとマヨネーズは幸せの味がする、といったところか」
まったくもって同感です。
キュウリのサンドイッチは、日本人には馴染みがないけれど、意外と美味しい。ハマる人はハマる味だと思う。キュウリが不思議とジューシーなのだ。
一輝先輩はスコーンに手を伸ばした。
「スコーンは“狼の口”で上下に割って食べるのがマナーだそうだな」
“狼の口”とは、スコーンの側面、真ん中に走る亀裂のことである。そのギザギザの亀裂が、狼の口に似ているから。……可愛い狼もいたものだ。
折りたたんだ生地をしっかり冷やしてから焼くことで、綺麗な亀裂が入る……と、レシピに書いてあった。
一輝先輩は、手で開くようにスコーンを割った。うまく焼けて良かった。
その荒々しい断面にジャムを塗り、一口。満足そうに息を吐く。
次はクロテッドクリームを塗って、また一口。とろけるような笑みで、また一口。とても嬉しそうだ。
ふと、一輝先輩が僕を見た。
「姫ちゃん。そういえば、普通、スコーンは丸いよな。今回、四角にした理由はなんだ?」
「あー……、生地をまとめ直して型で抜くのが、面倒だったので……」
丸い型で抜くと、どうしても余りが出る。それをまとめ直して伸ばし、また型で抜けばいいといえばいいのだが、せっかく折りたたんだ生地をぐちゃぐちゃにしてしまうのは、なんだか勿体ない気がして、いっそ四角く焼いてみたのである。
「ふふ、姫ちゃんらしいな。四角いスコーンが整列しているのも可愛いものだ。ジャムとクロテッドクリームも自作なのか?」
「はい。ジャムはいつものイチゴジャムで、クロテッドクリームは生クリームを湯煎して作りました」
指を舐められたときのジャムと、同じレシピ、同じ品種で作ったジャムである。
……思い出すだけで、指先がむずむずする。
「どちらもすごく美味しい。スコーンはサクサク、ほくほくで、イチゴジャムは甘酸っぱく、クロテッドクリームは濃厚。実に素晴らしい」
二段目を味わったなら、最後は三段目。
満を持して、季節のフルーツタルトの番である。
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