第27話 極厚カツ丼と体育祭(6)
競技場に来るのは二度目だ。
一年生のときの体育祭で利用して以来、一年ぶりの競技場。
よくある、競技スペースをぐるりと楕円形の観客席が取り囲む構造の競技場だ。観客席の半分が生徒用、もう半分が保護者用に分けられていて、クラスごとに座るブロックが決められている。
二年A組のブロックに、僕はいた。
半袖短パンの体操服の上から長袖のジャージを羽織って、頭には赤のハチマキを巻いている。
「待ち時間、暇だな。俺、自販機行ってくるわ」
と、隣の男子が立ち上がった。
僕のように二つの競技にしか出場しない人間は、一日の大半が待機時間である。どうしても暇を感じてしまう。
とはいえ、スマホを見たりするわけにもいかない。同じ組の生徒が頑張っているのだから。
今も、トラックを猛烈な勢いで走っている玲音を、タオルを振って応援中だ。
観客席の前列で黄色い歓声を上げている女子達に混ざることは、さすがにできないから席に座って、だけど。
競技は男女混合リレー。1チーム6人、各組が3チームずつ参加する形式で、合計9チームが競い合う花形競技のひとつだ。
だから、午前の部の最後に行われる。
玲音はアンカーで、トップ。次いで、黄色いハチマキの薫が追いすがっている。
……じわじわと距離を詰められている。さすがに陸上部のエースは速いらしい。バトンが渡ったタイミングでは、B組のチームが一位だったんだけれど、玲音も薫もあっという間に抜き去ってしまった。
絶望的な顔で三番目を走る青いハチマキの彼に、同情を禁じ得ない。相手が悪すぎるよね……。
「――よしっ」
タッチの差で、玲音がゴールテープを切る。小さくガッツポーズしちゃった。
逃げ切られた薫が、難しい表情をしつつ二位でゴール。……ちょっと可哀想。
大丈夫、個人競技のマラソンならきっと勝てるよ。違う組だから、大手を振って応援することは難しいけれども。
ふと、一位の旗を持った玲音が、爽やかな笑顔で、こっちを見た。目が合う。そして、大きく手を振り、投げキッスを寄越してきた。
A組連合の女子達が、ひときわ大きな黄色い歓声――もはや悲鳴を上げる。
「こっち見た! 玲音様こっち見た!」
「目が合った! あたし目が合った!」
「玲音様すてき……ファンになっちゃう……」
きゃあきゃあと女子達が騒いでいる。
お望み通り、ファンが増加中だよ、玲音。
……一瞬、まさか僕に投げキッスしたのかと思って、めちゃくちゃ焦った。自意識過剰はよくないね、うん。
頬を手でぱたぱたして、空を見上げる。幸いにも晴天で、風も穏やか。
近年は五月も夏並みの暑さになることが多いけれど、今日はかなりマシらしい。昼過ぎでも汗ばむくらいだとか。……走ると汗だくにはなりそうだけど。
リレーが終われば、昼ご飯の時間だ。
スマホを取り出して、玲音にメッセージを入れておく。
●
朝、競技場に集合した時点で、僕らは弁当を教師に回収されている。
五月とはいえ、暑いときは暑い。
食中毒対策として、お弁当をクラスごとに回収し、クーラーボックスに保冷剤とともに収め、さらに冷房がガンガンに効いた事務室で保管しているのである。
そのクーラーボックスに自分のお弁当を収める際、僕はひとつ、あるものを仕込んでおいた。
『クーラーボックスにクラフト紙のサンドイッチボックスが入っているから、それも食べて』
玲音には、そうメッセージを送った。
今頃、玲音は事務室でクーラーボックスを受け取っている頃合いだろう。委員長が受け取って、観客席まで持ってくる決まりだ。
『よかったら、でいいけど』
そう付け加えるのも忘れないでおく。
ぴこん、とメッセージアプリが震える。
『もちろんいただくよ! 中身はなんだい?』
『低温調理した豚ヒレの極厚カツサンド。勝ちますように、って。昨日に引き続きだけど……。小腹が空いたら食べて』
狂喜乱舞するライオンのイラストのスタンプが、三連続で送られてきた。
『とっても嬉しいよ! ありがとう!』
それから、ちょっと遅れて、
『一輝と薫には、どうやって渡したんだい? この手は使えないだろうに』
と、今度は首を傾げるライオンのスタンプと共に送られてきた。
四匹目だ。ワシントン条約違反かもしれない。
『作ってないよ。クラス違うし、渡すタイミングもなさそうだし。今度、機会があったら作ろうとは思うけど』
返事が、ちょっと遅れた。ややあってから、スマホが震える。
『僕だけ、特別? 特別な応援のカツサンド?』
『そりゃ、同じ組だし。応援するのは当たり前でしょ』
狂喜乱舞するライオンが五匹くらい送られてきた。
そろそろ国連が黙っていないだろう。
『ありがとう! 僕、絶対に勝つよ!』
まず、そう送られてきて、すぐにこう続いた。
『体育祭に乗り気じゃなかったから、クラス委員長としても、とても嬉しい』
……うん。
『今も乗り気じゃないよ。でも、乗り気なひとの邪魔をしたいわけじゃない』
少し考えてから、こう追記する。
『玉入れは、B組に負けちゃったけどさ。午後の綱引きも、全力でやるよ』
『頑張れ、姫宮君! 僕も全力で姫宮君を応援するね!』
『いや、玲音も一緒に出るでしょ。きみは全競技出るんだから』
爆笑するライオンと、「Fight!」と親指を立てるライオンが送られてきた。
……よし、頑張ろ。
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