第21話 映えたい王子様、藤堂薫(7)
何度かの試行錯誤を経て、薫は綺麗なドレス・ド・オムライスを作り上げた。
柔らかな曲線を描く卵のドレープが幾重にも重なって美しく、ちょこんと乗せられたプチトマトが可愛らしい。
飾り気はないけれど、シンプルで美味しそうな仕上がりだ。
「上手に出来たね」
と、声をかける。
薫は目を丸くして、自分が作ったものを見つめている。
たった今、自分がフライパンを動かして作った料理を。
「これを……俺が……」
彼女はそう呟いて、ぱっと僕を見上げた。
「姫先輩……! ありがとうございます……! 次のママのお休みにも作ろうと思います!」
まぶしいくらいの笑顔に、僕も思わず笑ってしまう。
「いえいえ。じゃ、写真、撮ろっか」
なんとかかんとか、画角を工夫したりしながら、薫はスマホで手早く写真を五枚ほど撮った。湯気が消える前に、ということらしい。
何となく、肩の荷が下りた気分だ。
「せっかく綺麗に出来たし、薫が食べたら?」
「あー、えっと……」
薫は両手を合わせて、顔を斜め下に向けた。赤面している。
「ひ……姫先輩に、食べてほしい、っす……」
「僕? いいの?」
「はい! 姫先輩が、いいです!」
カウンターでドレス・ド・オムライスをもぐもぐしている玲音が、不意に手を挙げた。
「僕が食べようか、薫君! なんだか危険な気配もするしね!」
「玲音、初日くらいはさすがに譲れ。お前も先輩だろう……」
「ぬぐ。でも、一輝……。……わかったよ、そんな目で見ないでよ」
同じくオムライスを頬張っている一輝先輩に差し止められた。腹ぺこ王子様はマイペースだね。
ともあれ。
「うん、じゃあ、有り難くいただくよ。あ、それじゃ、薫の分は僕が焼こうか」
「いいんですか!? お願いします!」
というわけで、ささっともう一枚焼いて、僕らも食事に参加する。
薫の焼いたドレス・ド・オムライスは、卵の自然な味わいがちょうどよく、チキンライスのケチャップ味が絶妙で――つまり、普通の美味しいオムライスだ。でも、見た目が華やかだからか、薫が作ってくれたからか、とても美味しく感じる。
「姫先輩の焼いてくれたオムライス超うまいです!」
薫も嬉しそうでよかった。
みんなでドレス・ド・オムライスを食べながら、薫の撮った写真を矯めつ眇めつして品評する。
「可愛く撮れているけれど、SNSでよく見る映え料理の写真のクオリティには届いていないようにも思えるね。何故だろう」
「撮影環境……食器や照明が今後の課題だな」
「照明っすか。懐中電灯くらいしか持ってないです……」
「アプリでレタッチしてもいいけれど、料理はそのままの方がいい感じがするよね。気分的に」
「加工技術よりも被写体のクオリティと撮影技術を向上させた方がいいぞ。結局、最後はそこの腕がものを言うからな」
侃々諤々である。
被写体のクオリティって、つまり料理のクオリティだよな。盛り付け、勉強しないとなぁ……。
「……あ、そういえば、物置に叔母さんが置いていったカメラやら照明やらがあった気がする。今度、引っ張り出しておくよ」
薫がきょとんと首を傾げた。
「今度……また、教えてもらってもいいんですか? 脅したのに……」
「……そういえばそうだった」
忘れていた。でも、もういいか、という気がしている。
ちょっと勢いで走り過ぎるところもあるかもしれないけれど、薫が良い子なのは間違いないし。玲音と一輝先輩も笑う。
「ふふ、逃がさないよ、薫君。君は僕らの秘密を知ったからね」
「姫ちゃん一人で料理するのも大変そうだからな。手伝いがてら、教えてもらうといいだろう」
いえ、二人が手伝ってくれても良いんですけどね?
薫は片付けも手伝ってくれた。食後のコーヒーは砂糖とミルクたっぷりで、そこは一輝先輩と一緒。
外に出ると、もうそろそろ暗くなっていた。玲音と一輝先輩は、慌てて駅へと駆けていく。このあたりの電車は、一本逃すと二十分は待つのである。
「それじゃ、またね、姫宮君!」
「姫ちゃん、次はプリンだぞ。ではな」
薫は、ぼうっと二人を目で追いかけている。
「……薫は大丈夫? 電車の時間」
「大丈夫っす。走って帰るんで!」
ああ、そういえば。
「この辺、ランニングしてるんだっけ。……よくこんなところ走ってるね。道も狭いし、曲がり角だらけなのに」
「そうですね。あんまり走りやすくはないです。でも……」
薫は制服の袖で口元を隠した。
「たまに……憧れの人を、見ることがあって。それで、今学期からは、ここばっかりぐるぐる走ってました」
「憧れの人?」
「はい。カッコいい人です。その人は憶えてないっぽいですけど、中学が一緒で。……雨の日に、傘を貸してくれたことがあって」
「へえ……」
今学期から。カッコいい人。
そこで、さすがにダチョウ並みに鈍感な僕でも察しが付いた。
「それって、玲音? 一輝先輩?」
「……どっちでもないですー」
薫はじっとりとした瞳で僕を見た。
な、何……?
「……まあ、今日はいいです。でも覚悟してくださいね? 俺、こう見えて意外と計算高いっすから。小悪魔系女子ってやつなんですよね」
「え、なにそれ。どういう冗談?」
僕の問いに、薫は屈託なく笑った。
「はい、冗談っす。これからもよろしくお願いしますね、姫先輩っ!」
●
二日後。
薫から、ドレス・ド・オムライスの写真が送られてきた。
小さなテーブルに、手前と奥、皿が二つ載せられている。奥側のお皿が、きっと、お母さんのものなのだろう。手前は絶対に違う。
だって、手前の皿には串に刺さった唐揚げが添えてあるから。コンビニで買ったんだろうか。それが薫らしくて、笑ってしまった。結局茶色じゃん。
あと、メッセージも来た。
『ママも喜んでます! 姫先輩、ありがとうございます!』
それから、猫がハートを大量に出しているスタンプも。
男子にハートのスタンプなんか送るんじゃないよ、と思いつつ、僕は物置へ向かった。次までにカメラと照明を出しておかないとね。
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