第59話:涸れゆく池
第三部・最終章「不要になる」。
エスタ領が自分たちの手で回り始めた、その矢先。
土地は、最後の試練を、突きつけてきます。
試練は空から来た。
いや。
正しくは。
空から、何も来なかった。
◇
雨が降らない。
エスタに来て、二月。
季節は夏の盛りに入っていた。
例年なら、幾度かまとまった雨が田を潤す。
だが、その年は。
空は来る日も来る日も晴れて。
白く乾いていた。
旱魃だった。
「……上の、大溜め池が」
バルドが青い顔で言った。
「みるみる減っておる。このままでは、ひと月ともたん。……大溜め池が涸れれば、この領の水は、すべて止まる」
私は溜め池に立った。
かつて満々と水を湛えていた、その池が。
いま、底の泥を覗かせ始めていた。
水面は日ごとに下がっていく。
これは。
私の力なら止められる。
王都の欠落を埋めたときのように。
この土地の水の流れを一点に束ね直し。
残った水を力で押さえ、配れば。
この領は旱魃を乗り切れる。
私には、それができた。
◇
その夜。
村の寄り合いで。
人々の視線が。
いっせいに。
私に集まった。
「リシェル様」
ロヴィス代官が震える声で言った。
「どうか、お力を。……あなた様の、奇跡のお力で、この池を」
「リシェル様なら、できる」
「そうだ、辺境を、王都を救ったお方だ」
「お願いします、リシェル様。……あなた様だけが、頼りなんです」
私は。
その声の渦の中で。
立ち尽くしていた。
二月かけて。
私はこの土地の人々を。
「私を必要としない人」に育ててきた、はずだった。
なのに。
いざ本物の危機が来た瞬間。
彼らはまた、私に集まってきた。
「あなた様だけが、頼り」と。
――そうだ。
私が手を出せば。
いま、この場で手を出せば。
人々は救われる。
そして、また。
私を崇める。
「奇跡の人」として。
私が去った後も。
次の危機が来るたびに。
いない私を探して。
「リシェル様がいれば」と嘆く。
永遠に。
私という一点に寄りかかったまま。
私は拳を握った。
手を出すのは簡単だった。
出さないことの方が。
何倍も。
難しかった。
旱魃。土地が突きつけた、最後の試練。
リシェルの力なら、止められる。王都を救ったように。
けれど、手を出せば――人々はまた、彼女という「一点」に寄りかかる。
永遠に、いない彼女を探し続ける。
「手を出すのは簡単だった。出さないことの方が、何倍も難しかった」
リシェルの、最大の葛藤。次回、決着へ。




