第54話:仰がれる、ということ
エスタの水路は、思っていたより、古かった。
石を積んだ、立派な、幹の水路。
だが、その造りは、すべて、一点集約だった。
上流の、大きな溜め池に、水を集める。
そこから、放射状に、田へ、配る。
「これを、造ったのは」
「ドラン家です」
案内のトマスの隣で、若い村人が、答えた。
「代々、この領の水を、預かってきた、旧いお家で。……いまの当主は、バルド様といって」
村人は、そこで、少し、声を、落とした。
「……厳しい、お方です」
私は、溜め池を、見上げた。
水は、満々と、湛えられている。
だが、そこから下の水路を、辿っていくと。
末端に行くほど、水は、細り。
いちばん下の村では、地面に、しみて、消えていた。
典型的な、固定だった。
一点に集め、力で、配る。
上は潤い、下は、枯れる。
王都で見たものと、同じ。
辺境で、私が、作り替えたものと、同じ、病だった。
◇
私は、村人たちを、集めて、話をした。
水を、一点に集めるのを、やめること。
小さな分け水路を、いくつも作り、水に「向き」だけ、与えること。
全部の田を、完璧に潤すことは、できない。
だが、末端まで、水が、届くようになる。
枯れる村を、なくせる。
「――というやり方を、これから、一緒に、作っていきます」
私は、言った。
「私がやるのでは、ありません。皆さんが、やるんです。私は、そのやり方を、お見せするだけ」
村人たちは、顔を、見合わせた。
そして。
いっせいに、私を、見た。
「では、リシェル様。まず、どこを、掘れば」
「どの田から、水を、抜けば」
「向きは、どちらに。……リシェル様が、決めてくださるので?」
私は、言葉に、詰まった。
彼らは、やる気が、ないのでは、ない。
むしろ、必死だった。
ただ。
何もかも、私に、答えを、求めた。
一鍬、掘るにも、私の、許しを。
一筋、水を分けるにも、私の、指図を。
「……ここは」
私は、一つの、田を、指した。
すると、村人たちは、歓声を、上げて、そこを、掘り始めた。
まるで。
私の、指の、向く先が。
絶対の、正解で、あるかのように。
◇
その様子を、少し、離れて。
カイルが、腕を、組んで、見ていた。
「なあ」
私が、そばに、行くと。
彼は、水路を、見たまま、言った。
「あれ、辺境と、同じか」
「……いいえ」
私は、首を、振った。
「辺境の民は、途中から、自分で、掘る場所を、決め始めた。私が、口を出さなくても」
「ここは」
「私が、指さないと、動かない」
カイルは、少し、黙った。
それから。
「お前、気づいてるか」
低い声で、言った。
「あの溜め池。……一点に、水を集めてる。あれが、この領の、病だ。そう、お前は、言った」
「ええ」
「だが、いま」
カイルは、村人たちを、顎で、示した。
私の、指の先に、群がる、人々を。
「あいつらは、水じゃなくて。……お前に、集まってる」
私は。
息を、呑んだ。
カイルの、言う通りだった。
私は、水の一点集約を、壊しに来た。
なのに。
この土地に、新しい一点を、作っていた。
その、一点とは。
私自身、だった。
リシェルが壊しに来た「一点集約」。
けれど気づけば、村人たちは水ではなく、リシェル自身に集まっていた。
カイルの一言が、第三部の核心を突きます。
「あいつらは、水じゃなくて、お前に集まってる」
分散を広げに来たはずの人が、新しい固定を生んでしまう。
この皮肉と、どう向き合うか。次回へ続きます。




