第47話:都の理屈
翌朝。
私は、王城の大広間に、呼び出された。
呼んだのは、アルトリウスではなかった。
神殿の、大神官。
名を、オルグレン。
白い法衣に、金の刺繍。
豊かに肥えた体を、ゆったりと椅子に沈めていた。
その周りには、幾人もの貴族が、控えている。
いずれも、都で権勢を誇る家の者たちだ。
「よくぞ、参られた。……追放されし、元王妃候補殿」
オルグレンの声は、穏やかだった。
穏やかすぎて、かえって、刃のようだった。
「聖女様の御容態を、案じて来られたとか。……ご奇特なことです」
「ええ」
私は、静かに答える。
「案じています。……このままでは、あの人は、死ぬ」
「おお、恐ろしいことを」
大神官は、大げさに、胸に手を当てた。
「ですが、ご安心を。聖女様は、必ずや回復なさる。神が、そのようにお定めになっている」
「神が?」
私は、彼を見た。
「神は、あの人の命を、どうやって戻すのですか。……固定を続ける限り、命は削れ続ける。それは、神の話ではなく、仕組みの話です」
広間の空気が、わずかに、揺れた。
貴族たちが、顔を見合わせる。
オルグレンの、笑みが、少しだけ、硬くなった。
「……仕組み、とおっしゃるか」
彼は、身を乗り出す。
「聞けば、あなたは、この都の“中枢”に、手を加えるおつもりだとか。聖女様の固定を解き、なにやら、辺境の田舎じみたやり方に、作り替える、と」
「作り替える、ではありません」
私は、訂正する。
「一点に集めているものを、分けるのです。……セレナ一人が背負っているものを、都全体で、支え合えるように」
「同じことだ」
大神官の声が、低くなった。
穏やかさが、剥がれ落ちる。
「聖女様の固定こそが、この都の秩序。神殿が、長きにわたり、守ってきた、聖なる仕組みだ。それを、余所者が、勝手にいじくり回すなど……冒涜だ」
――ああ。
私は、静かに、理解した。
この人は、都が崩れることを、恐れているのではない。
この人が恐れているのは。
「……あなたは、聖女が要らなくなるのが、怖いのね」
オルグレンの、顔色が、変わった。
「セレナ一人が、都を支えている。だから、聖女は絶対で、それを戴く神殿は、絶対の権威を持てる。……もし、都が“みんなで支える仕組み”になったら」
私は、続ける。
「聖女は、大勢の中の一人になる。神殿の、特別な力は、要らなくなる。……あなたが失うのは、都じゃない。あなた自身の、権威よ」
沈黙。
広間の貴族たちが、息を呑んだ。
誰も、それを、口に出せなかった。
だが、皆、知っていたのだ。
オルグレンの、太い指が、椅子の肘掛けを、握りしめた。
「……口の減らぬ女だ」
彼は、低く唸る。
「追放された身で、よくもそこまで」
「事実を言っただけです」
「事実?」
大神官は、立ち上がった。
「では、こちらも、事実を申し上げよう。……あなたが中枢に触れ、万が一、固定が崩れれば。この都は、一瞬で、滅びる。何百万の民が、死ぬ。……あなたは、それだけの危険を、冒そうとしている」
彼は、貴族たちを見回した。
「この女は、危険だ。追放された恨みで、都を道連れに崩そうとしている。……そうは思われぬか、方々」
貴族たちが、ざわめく。
「そうだ」「危険だ」という声が、あがり始める。
――上手い。
私は、内心で、認めた。
彼は、私の言葉には、答えない。
代わりに、「恐怖」を、撒いている。
崩れるかもしれない。
死ぬかもしれない。
その恐怖の前では、正しさなど、簡単に、かき消される。
「――なるほどな」
そのとき。
広間の隅から、低い声がした。
カイル。
彼は、壁に寄りかかったまま、腕を組んでいた。
「あんた、さっきから、崩れる崩れると言ってるが」
彼は、まっすぐ、大神官を見た。
「その都は、いま、崩れてないのか?」
オルグレンが、言葉に詰まる。
「聖女は倒れた。あんたの言う“聖なる仕組み”は、一人の女に全部おっかぶせて、そいつが死にかけて、ようやく保ってる。……それを“崩れてない”と言い張るのは、無理があるだろう」
カイルは、壁から、体を起こした。
「壊れかけてるものを、壊れる前に作り直す。それの、どこが道連れだ」
広間が、静まりかえった。
辺境の統治官の、飾らない言葉。
それは、大神官の、巧みな恐怖より、ずっと、地に足がついていた。
「……何者だ、貴様」
「ただの、田舎の統治官だ」
カイルは、肩をすくめる。
「壊れた土地を、いくつも見てきた。……手遅れになるまで“まだ大丈夫”と言い張る奴が、いちばん、土地を殺す」
私は、彼を見た。
カイルは、こちらを見ずに、続けた。
「決めるのは、あんたらだ。だが、決めないことも、一つの選択だぞ。……その間にも、聖女の命は、削れてる」
沈黙が、広間を、満たしていた。
オルグレンの顔が、怒りで、赤く染まっていた。
だが、彼は、それ以上、何も言えなかった。
私は、静かに、告げた。
「今日、答えは求めません」
貴族たちを、見回す。
「ですが、猶予は、長くない。……セレナが手を離す前に、決めてください。押さえ続けて、聖女もろとも共倒れになるか。それとも、作り替えて、誰も一人で背負わない国にするか」
私は、踵を返す。
「私は、脅しには来ていません。……選んでもらいに、来たのです」
広間を、出る。
背中に、無数の視線が、突き刺さっていた。
その中に。
恐怖だけではない、何かが。
わずかに、混じり始めていた。
第47話まで読んでいただき、ありがとうございます。
固定に既得権を持つ者――大神官オルグレンが立ちはだかりました。
彼が恐れているのは、都が崩れることではありません。
「聖女が特別でなくなること」=自分の権威が失われることです。
彼は、リシェルの言葉には答えず、「恐怖」を撒いて人心を操ろうとします。
崩れるかもしれない、死ぬかもしれない――その恐怖の前では、正しさは簡単にかき消される。
そこへ、カイルが割って入りました。
飾らない、地に足のついた言葉で。
リシェルは、脅しではなく「選ばせる」ことを選びます。
これは、第一部から変わらない、彼女の核です。




