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「お前など不要だ」と婚約破棄されたので、国を出ました ~私が抜けた途端に王都が壊れ始めても、もう知りません~  作者: 東雲透


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第45話:固定された都

 王都が見えてきたのは、三日目の朝だった。


 辺境からの街道は、進むほどに、静かになっていった。


 最初は、気のせいかと思った。


 だが、違った。


 王都に近づくほど、風が、弱くなる。


 やがて。


 止まる。


「……着いたわね」


 私は、馬車の窓から外を見た。


 白い城壁。


 整然と並ぶ家並み。


 磨き上げられたように、美しい。


 一片の乱れもなく。


 だが。


 空気が、動かない。


 水路の水は澄んでいるのに、流れているように見えない。


 街路樹は青々としているのに、葉が、揺れない。


 すべてが、あるべき場所に、固定されている。


「……気味が悪い」


 隣で、ミリアが呟いた。


 その気持ちは、分かる。


 これは、平穏ではない。


 これは、静止だ。


 生きているものが、生きたまま、止められている。


「息が、しづらいな」


 カイルが、低く言う。


 彼は、王都に来るのは初めてだった。


 辺境の男の目には、この都が、どう映っているのだろう。


「これが、固定よ」


 私は、静かに言う。


「すべてを一点に束ねて、動かないように押さえてる。……乱れないの。その代わり、流れない」


「……お前が壊したかったのは、これか」


「ええ」


 私は、頷いた。


 美しく。


 息苦しいほどに。


 そして、どこか、死んだように。


 ――かつて、私が、その一部だった都。


 いま、こうして、外から見ている。


 ◇


 王城の門は、私を待っていた。


 驚くほど、静かに開いた。


 案内された謁見の間で、私は、その男と再会した。


 アルトリウス。


 この国の、王太子。


 ――かつて、私に「お前など不要だ」と告げた男。


「……来てくれたか」


 最初の一言が、それだった。


 私は、彼を見た。


 変わっていた。


 あの夜、祝宴の中心で、迷いなく私を切り捨てた男。


 その面影は、もう、そこにない。


 頬が、こけている。


 目の下に、濃い隈。


 纏う衣装だけが、以前と同じ、王家の華やかさをまとっていた。


 それが、かえって、痛々しかった。


「殿下」


 私は、礼をする。


 完璧に。


 王妃候補として育てられた、その通りに。


「……その礼は、もういい」


 アルトリウスは、力なく首を振った。


「お前を追い出した私に、そんなものを向けるな」


 私は、頭を上げる。


 彼の目を、正面から見た。


「では、一つだけ、確かめさせてください」


 静かに、問う。


「あなたは、私を“王妃候補”として呼び戻したのですか。それとも」


 一拍。


「この国を立て直せる“唯一の人間”として、呼んだのですか」


 謁見の間が、静まりかえる。


 アルトリウスは、しばらく、答えなかった。


 そして。


「……後者だ」


 絞り出すように、言った。


「復縁を乞う資格が、私にないことは、分かっている。今さら、お前を王妃に望むことも」


 彼は、拳を握る。


「だが、この都は、もう保たない。……それを止められるのは、お前しかいない。だから、頭を下げる。王太子としてではなく」


 彼は、玉座から立ち上がった。


 そして。


 私の前で、深く、頭を下げた。


 王族が、追放した令嬢に。


「頼む。……この国を、助けてくれ」


 私は、その姿を、黙って見ていた。


 胸の奥を探る。


 かつて、この男に切り捨てられたときの、あの空洞。


 ――もう、痛まなかった。


 恨みも、未練も、そこにはなかった。


 ただ、静かに。


「頭を、お上げください」


 私は、言う。


「私は、あなたのために来たのではありません」


 アルトリウスが、顔を上げる。


「この国の“仕組み”を、放っておけなかった。それだけです」


 それは、事実だった。


 役割ではなく。


 選択として。


「……変わったな、お前は」


 彼が、小さく言う。


「あの夜、私が切り捨てた女は、こんな目をしていなかった」


「ええ」


 私は、頷く。


「切り捨てられたから、変われたのです」


 それは、皮肉ではなかった。


 ただの、事実だった。


「……セレナは」


 私は、話を変える。


 これ以上、過去を掘り返す意味はない。


「どこに」


 アルトリウスの表情が、曇った。


「奥の一室に。……ずっと、眠っている」


 彼は、目を伏せる。


「三日前、中枢を押さえていて、そのまま倒れた。それから、一度も、目を覚まさない」


「中枢?」


 私の声が、鋭くなる。


「セレナは、中枢で、何を押さえていたのですか」


 アルトリウスは、ゆっくりと、私を見た。


 その目に、恐れに近いものが、あった。


「……お前が、抜けた穴だ」


 部屋の空気が、凍る。


「お前が婚約破棄で切り離されて、開いた“欠落”。あれを、セレナがたった一人で、押さえ続けていた。……この一年、ずっと」


 私は、息を呑んだ。


 欠落。


 私が切り離された、その穴。


 この国の循環の、中心に開いた、致命的な空白。


 それを。


 セレナが。


 自分の命を、削って。


「……案内してください」


 私は、言った。


 声が、わずかに、震えていた。


「今すぐ」


第45話まで読んでいただき、ありがとうございます。


リシェルが、王都へ戻りました。

かつて「お前など不要だ」と告げた王太子アルトリウスが、今度は頭を下げて彼女を呼び戻す。

けれど、これは復縁ではありません。


固定された都は、美しく、静かで、そして息苦しい。

その中心=リシェルが切り離された「欠落」を、聖女セレナがたった一人、命を削って押さえ続けていました。


固定には、固定の限界がある。

その代償を、いま、セレナが払っています。


次話、リシェルはセレナと再会します。

かつて力でぶつかった二人が、今度は、どう向き合うのか。


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