第37話:空白のまま
それから、私は動けなかった。
やるべきことは、分かっている。
流れを繋ぐ。
支点を探す。
構造を広げる。
――全部、分かっている。
なのに。
体が、動かない。
「……」
地面に座り込んだまま。
ただ、風を見ている。
流れは、ある。
確かに、ある。
私が繋いだものが。
まだ、残っている。
なのに。
それが。
まるで、自分のものではないように感じる。
「……どうした」
カイルの声が、頭の上から落ちてくる。
私は、答えない。
答えられない。
代わりに。
ぽつりと、呟く。
「……意味がない」
その言葉は。
思っていたよりも、軽かった。
「……何が」
「私がやる意味」
視線を上げないまま、続ける。
「誰でもいいなら」
誰かがやればいい。
私じゃなくても。
同じことは、できる。
なら。
ここで。
私がやる理由は、何もない。
「……」
カイルは、すぐには答えなかった。
しばらくの沈黙。
風の音だけが、流れる。
そして。
「……じゃあ、やめるか」
あっさりとした声。
私は、少しだけ顔を上げる。
カイルは、いつもの調子で言う。
「戻るか。王都に」
その言葉に。
胸の奥が、わずかに揺れる。
「……戻らない」
すぐに、否定する。
それだけは。
はっきりしている。
「じゃあ、ここに残るか」
「……それも違う」
言いながら。
自分でも分かる。
どちらでもない。
どこにも、行けない。
そんな状態。
「……面倒だな」
カイルが、ため息をつく。
そして。
「お前、結局どうしたいんだ」
その問いに。
私は、答えられなかった。
どうしたいのか。
考えたことがない。
今までは。
ただ。
役割を果たしていただけだから。
必要とされていたから。
そこに、いただけだから。
「……」
沈黙。
何も出てこない。
空っぽ。
本当に。
何もない。
「……そうか」
カイルは、それ以上何も言わない。
責めない。
急かさない。
ただ。
そこに立っている。
それが、余計に辛かった。
「……」
私は、再び視線を落とす。
風が、流れる。
水が、動く。
世界は、続いている。
私がいなくても。
たぶん。
どうにかなる。
時間はかかるかもしれない。
もっと壊れるかもしれない。
でも。
いずれ。
誰かが。
何かをして。
整える。
「……」
なら。
私は。
何のために、ここにいるのか。
分からない。
何も。
分からない。
ただ。
空白だけが。
そこにあった。
そのとき。
遠くで。
子供の声がした。
「……あれ?」
小さな声。
「水、止まってる……?」
私は、反射的に顔を上げる。
視線の先。
細い水路。
さっきまで流れていたはずの水が。
止まりかけている。
「……」
ほんの、小さな異常。
だが。
確かに。
崩れ始めている。
「……」
私は、何も動かない。
動けない。
見ているだけ。
そのまま。
時間が、少しだけ流れる。
水は。
さらに、弱くなる。
「……」
胸の奥が。
わずかに、ざわつく。
だが。
それでも。
動かない。
動けない。
「……」
あと、少し。
あと少しで。
完全に、止まる。
その瞬間。
私は。
それでも。
何もできなかった。
第37話まで読んでいただきありがとうございます。
ここは「完全停止」の回です。
主人公が初めて、
“やらない”状態に入ります。
能力ではなく、
存在理由が揺らいだ結果です。
この「動けない状態」があるからこそ、
次の一歩に意味が生まれます。
次は、この状態からどう動くのか。
物語の最大の転換点になります。
続きが気になったら、
ぜひブックマークしていただけると嬉しいです。




