第36話:装置だった私
王子が去ったあと。
風は、また静かに流れ始めた。
何もなかったかのように。
だが。
「……制御装置、か」
カイルが、ぽつりと呟く。
私は、何も答えない。
言葉が、出てこなかった。
分かっていた。
薄々は。
けれど。
はっきりと、言葉にされたことで。
逃げ場が、なくなった。
「……否定はしないんだな」
カイルの声。
私は、ゆっくりと息を吐く。
「……できない」
それが、本音だった。
あのとき。
王都にいたとき。
私は、確かに“繋いでいた”。
無意識に。
自然に。
そして。
それが、なくなった瞬間。
崩れた。
「……じゃあ、お前は」
カイルが、少しだけ言葉を選ぶ。
「それだったってことか」
「……ええ」
私は、頷く。
否定できない。
それが、事実。
「……ふざけた話だな」
短く吐き捨てるような声。
だが。
怒りの方向は、私ではない。
それが、分かる。
「……でも」
私は、小さく言う。
「合理的ではあるわ」
カイルが、こちらを見る。
「……どういう意味だ」
「一番効率がいい」
私は、静かに説明する。
「王と、その伴侶で全体を制御する」
一点集中。
強くて。
早い。
「……だが壊れた」
「ええ」
私は、頷く。
それが、すべて。
「……なら間違いだろ」
「短期的には正しい」
私は、続ける。
「でも、長期では壊れる」
だから。
今、こうなっている。
沈黙。
風が、わずかに揺れる。
その中で。
「……お前はどうする」
カイルが、問う。
私は、少しだけ考える。
そして。
答えようとして――
言葉が、止まる。
「……」
何を言えばいいのか。
分からなかった。
私は。
何なのか。
王妃候補だった。
違う。
婚約者だった。
違う。
制御装置だった。
――それが、本当なら。
「……私がいなくても」
ぽつりと、言葉が漏れる。
カイルが、わずかに眉をひそめる。
「何だ」
「……誰でもよかったのよ」
それが。
結論だった。
私じゃなくてもいい。
適性のある誰かなら。
代わりは、いる。
私は。
ただの“部品”。
「……それは違う」
カイルが、すぐに言う。
私は、首を振る。
「違わない」
はっきりと。
「私じゃなきゃいけない理由はない」
だから。
切られた。
必要だから。
必要なくなったから。
「……っ」
胸の奥が、少しだけ痛む。
だが。
涙は出ない。
その代わりに。
妙に、冷静だった。
「……なら」
カイルが、一歩近づく。
「今やってることは何だ」
その問い。
私は、すぐに答えられなかった。
再構築。
流れを繋ぐ。
それは。
役割ではない。
だが。
じゃあ、何なのか。
「……分からない」
正直に言う。
今まで。
考えたことがなかった。
私は。
“そういうもの”だったから。
役割を果たすことが。
すべてだったから。
「……そうか」
カイルは、短く言う。
そして。
それ以上、何も言わない。
否定もしない。
慰めもしない。
ただ。
そこにいる。
それが。
逆に、重かった。
「……」
私は、空を見上げる。
流れは、まだある。
私が繋いだもの。
確かに、残っている。
だが。
それが。
“私だからできた”ことなのか。
それとも。
ただの機能なのか。
分からない。
「……」
風が、頬を撫でる。
その感覚さえ。
少し、遠く感じた。
私は。
何なのか。
その問いが。
胸の奥に、深く沈んでいった。
第36話まで読んでいただきありがとうございます。
ここで主人公は、
自分の存在が「装置だった」という事実と向き合いました。
能力ではなく、
存在そのものの意味が揺らぐフェーズです。
ここが第2の谷になります。
次の話では、
ここからどう立ち上がるのかが描かれます。
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