第18話:それでも、捨てない選択
村の外れ。
小さな水路が、いくつも分岐している場所だった。
本来なら、ひとつの流れに集約されているはずの水が。
今は、あちこちで停滞し、歪んでいる。
「……ここが、一番バランスを崩している」
私は、地面を見ながら言う。
カイルが腕を組み、周囲を確認する。
「確かに。ここが崩れれば、全部に影響が出るな」
「ええ」
私は頷く。
だからこそ。
ここを“ひとつに戻す”のではなく。
分散させる。
それが、今回の試み。
「……やるわ」
私は静かに息を吐く。
集中する。
感じる。
流れを。
欠けた部分を。
そして。
全体を、把握する。
以前とは違う。
一点ではなく。
複数の流れを、同時に見る。
それは。
思っていた以上に、難しかった。
「……くっ」
思わず、声が漏れる。
情報量が、多すぎる。
一つなら、掴める。
だが、複数になると。
意識が分散する。
流れを見失いそうになる。
「無理ならやめろ」
カイルの声が飛ぶ。
だが。
「……やめない」
私は、短く返す。
ここで引くわけにはいかない。
これは。
自分で選んだ方法だから。
私は、呼吸を整える。
焦らない。
一度に全部を、掴もうとしない。
さっき、それで弾かれた。
だから――ひとつずつ。
小さな水路に、わずかな“向き”を与える。
水が、かすかに動く。
次。
その次。
一点に集めるのではなく、ばらしたまま、それぞれに道を示していく。
束ねれば、また負荷が一箇所に集まる。
分けて、逃がす。
それが、私の選んだやり方。
額に、汗が滲む。
一つ整えるたびに、最初に直した流れが、ほどけそうになる。
追いつかない。
それでも――止めない。
四つ目を、繋いだとき。
風が、変わった。
周囲の空気が。
わずかに、整う。
「……動いた」
ミリアが、息を呑む。
水が。
完全ではないが。
流れ始めている。
それぞれが。
弱いながらも。
独立した流れとして。
機能し始めている。
「……成功、ね」
私は、小さく呟く。
だが。
その瞬間。
足元から、力が抜けた。
膝が、地面を打つ。
鼻の奥に、鉄の味。
触れていた“流れ”が、私の何かを、確かに持っていった。
代償なしに、世界の形は変えられない。
倒れる寸前、肩を掴まれた。
カイルの手だった。
思いのほか、強い力で。
「無理をするな」
低い声。
だが、最初に会ったときの“厄介者を見る目”は、もうそこになかった。
「……平気よ」
「平気な人間は、鼻血を出さない」
彼は短く言って、私を支えたまま、村のほうへ顎をしゃくった。
「お前のやり方は、非効率だ」
一度、間。
「だが、誰も切らずに水が動いた。おれは、こんな光景を初めて見た」
それは、褒め言葉ではなかった。
ただ、認めた、という意味では。
どんな賞賛よりも、重かった。
だが。
身体は、正直だった。
負担が、大きい。
想像以上に。
「……これ、長くは持たない」
私は、正直に言う。
流れは整った。
だが。
安定していない。
時間が経てば、また崩れる。
「どれくらいだ」
「……半日、もてばいい方ね」
沈黙。
それは。
十分ではない。
だが。
ゼロよりは、遥かにいい。
「……十分だ」
カイルが言う。
私は、少しだけ目を上げる。
「時間ができれば、対処の幅は広がる」
現実的な判断。
そして。
この場においては、正しい評価。
私は、小さく頷く。
周囲を見る。
村人たちが、少しずつ近づいてきている。
恐る恐る。
だが。
確かに、変化を感じている。
「……水が、動いてる」
誰かが呟く。
「さっきまで止まってたのに……」
ざわめきが広がる。
それは。
不安ではなく。
希望のざわめきだった。
私は、その様子を静かに見つめる。
胸の奥に。
少しだけ、温かいものが広がる。
だが。
同時に。
はっきりと理解している。
これは。
根本的な解決ではない。
一時的なもの。
応急処置。
それでも。
「……それでも」
私は、小さく呟く。
何もしないよりは、いい。
捨てるよりは、いい。
この選択が。
間違っていないと。
そう思えた。
「……続けるぞ」
カイルが言う。
「次の場所だ」
私は、顔を上げる。
まだ終わりではない。
むしろ。
始まったばかりだ。
「ええ」
私は、頷く。
身体は、少し重い。
だが。
足は、止まらない。
これは。
自分で選んだ道。
ならば。
最後まで、進むだけ。
その先に。
どんな結果が待っているとしても。
その夜。
カイルのもとに、もう一通、王都からの早馬が届いた。
差出人の名を見て、彼は珍しく、私に書状を渡すのをためらった。
封蝋に刻まれていたのは──聖女の紋章。
セレナが、私の名指しで、報せを寄越していた。
「“辺境で流れをいじっている者がいると聞きました。今すぐ、おやめください”」
私は、その一文を二度読んだ。
会ったこともない、と思っていた。
けれど、向こうは、私を知っている。
固定する者が、繋ぐ者の存在に、気づいた。
──ここから先は、村の話では済まない。
第18話まで読んでいただきありがとうございます。
ここで主人公の選択が、
「実際にどうなるのか」を描きました。
完全な成功ではなく、
・できる
・でも限界がある
という状態にしています。
この“中途半端さ”が、
今後の物語の緊張感を作っていきます。
次の話では、
この結果を受けて周囲がどう動くのか、
人間関係の変化が出てきます。
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