第5話 冬の花と、ハリネズミ
2024年の秋は、乾いて少し肌寒い風を伴って、東京の喧騒の大通りを吹き抜けていった。明治神宮外苑のイチョウ並木はすでに鮮やかな黄色に色づき始め、風が吹き抜けるたびに、レンガ敷きの歩道へと葉がパラパラと舞い落ちていた。
渋谷にあるデザイン会社の14階のオフィスでは、キーボードを叩く音が規則的に響いていた。ハルト、少し無造作な黒髪の25歳の青年は、ヒリヒリする目をこすりながら、パソコンの画面上でカラーバンドの調整に悪戦苦闘していた。右下の時計は午後5時45分を示している。
ブーッ… ブーッ…
机の上のスマートフォンが激しく振動した。ハルトはチラリと視線をやった。またLINEのメッセージだ。送り主の名前は、牙を剥く猫のアバターと共にぶっきらぼうに表示されていた。ナツミ(企画部)。
『ちょっとあんた!ネットサーフィンなんかしてないで、今日の午後6時締め切りのブースデザインのラフ、忘れてないでしょうね!部長が進捗どうなってるって唸ってるわよ!さっさと共有サーバーにファイル上げなさい!!!』
クマがフライパンでウサギの頭をボコボコに殴っているスタンプが添えられていた。
ハルトはうんざりしたようにため息をつき、キーボードの上で素早く指を動かした。「たった今アップしたところですよ、口うるさいおばさん。借金取りみたいに俺の名前を呼びつけるのはやめてくれ」
送信ボタンを押した直後、すぐ横で「バシッ」という音がした。分厚い表紙のファイルがハルトのデスクの端に叩きつけられたのだ。ハルトは驚いて顔を上げた。そこにはナツミが立っていた。少し大きめの土色のカーディガンを羽織り、ポニーテールに結んだ髪は少し乱れている。彼と同い年だが、いつも身なりに無頓着で、ずっと年上のおばさんのように小言を言う——だからこそ、ハルトが彼女の話題を出すたびに、そのあだ名が自然と口から飛び出してしまうのだろう。彼女は眉をひそめ、書類の束をコツコツと指の関節で叩いた。
「昨日のブースの背景色、もっと温かみのあるトーンに変えろって言ったわよね?なんでまだ冷蔵庫みたいに冷え切ってるわけ?」ナツミの声は高く、機関銃のように早口だった。
「あれは少しスモーキーグレーを混ぜたベージュトーンで、今年のトレンドなんだよ」ハルトは顔をしかめて言い返した。「美的センスがないなら、デザイン部門の専門領域に口出ししないでくれ」
「美的センスが聞いて呆れるわ!クライアントはファミリー向けの家具を売ってるの。温かみが必要なのよ。スモーキーグレーにして、霊安室にでも飾らせる気?」ナツミはハリネズミのように毛を逆立て、腰に手を当てて言い返した。「今すぐ直しなさい。温かみのあるイエローを足すのよ。早く終われば早く帰れるし、終わらなければ今夜は会社に残ってカップラーメンでもすすることになるわよ」
そう言うと、彼女は踵を返し、企画部のエリアへと真っ直ぐ歩いていった。その口元では、今日もまた壊れた会社のコーヒーメーカーへの文句をブツブツと呟いていた。ハルトはナツミの背中を見送りながら、呆れて首を振った。ナツミの世界はあまりにも騒々しく、露骨で、現実的すぎた。彼は舌打ちをすると、ナツミの指示通りに色合いの数値を素早く調整し、ファイルを保存して、急いでパソコンの電源を落とした。今夜、彼にはもっとずっと重要な約束があった。
午後6時30分ちょうど、ハルトは新宿の地下鉄の駅を出た。骨を刺すような秋風が顔に吹きつけ、彼はトレンチコートの襟を高く立てた。慌ただしく行き交う人ごみの中、ハルトの視線は待ちわびていた姿をすぐに見つけ出した。
フユカは駅の入り口近くの大きな木の下に立っていた。クリーム色の長いニットワンピースを着て、その上に薄手の白いウールのコートを羽織っている。黒い髪が下ろされ、風にそっと揺れていた。フユカは両手をこすり合わせ、時折口元に近づけて息を吹きかけ、温めようとしていた。彼女の儚く静かな美しさは、混雑した交差点の喧騒から完全に切り離されているように見えた。
彼女を見た瞬間、不思議な温もりがハルトの胸に広がった。
「フユカ!」ハルトは足早に歩み寄り、声をかけた。
彼女が振り返り、彼を見るとその澄んだ瞳がパッと輝いた。恥じらいを帯びた柔らかな笑顔が唇に咲いた。
「ハルトくん。今、お仕事終わったの?」
「ああ、待たせてごめん」ハルトは微笑みながら、寒さで赤くなっている彼女の両手に無意識に視線を走らせた。彼は躊躇うことなく自分のグレーのマフラーを外し、一歩近づいてフユカの細い首にそっと巻きつけた。「冷えるのに、薄着すぎるよ。次からは僕が遅れる時は、どこかカフェに入って待ってて。こんな風に風の中で立ってちゃだめだ」
フユカは少し頬を赤らめ、彼の温もりがまだ残るマフラーに顔の半分を埋めた。「大丈夫だよ、私も今着いたところだから。ありがとう、ハルトくん」
二人は黄色い街灯に照らされた通りを歩き始めた。ハルトはわざと歩調を緩め、彼女と並んで歩いた。
実は、あのコンビニの軒下で一緒に雨宿りをして以来、二人が会うのはこれが初めてではなかった。この一ヶ月の秋の間、二人の関係は、色づく葉のように自然で穏やかに進展していた。下北沢の路地裏に隠れたカフェを一緒に探索したり、神保町で古紙の匂いが漂う古本屋を何時間も散策したり、あるいは日曜の午後に表参道でゆっくりとニットコートを試着したりした。
会うたびに、フユカは常にその優しさ、控えめさ、そして上品さを保っていた。彼女は静かな通りを眺めるのが好きで、いつも優しい言葉を口にし、騒がしい群衆の中に立つと少し臆病になる一面があった。彼女のそんな小さな習慣の数々は、ハルトによって慎重に記憶され、大切にされていた。
胸の中で知らせてくれる心の羅針盤はもうない。今のハルトは、自分自身の凡庸な感覚だけで感じ取り、見極めなければならなかった。そして今、数え切れないほどのありふれたデートを重ねた彼のすべての感覚は、叫んでいた。彼女こそが、あの人なのだと。コートに身をすくめる姿、風が吹いた時に微かに震える様子…そのすべてが、遠い昔の雪のあばら屋にいた少女の記憶の破片と、完璧に一致していた。
「今日のお仕事はどうだった?少し疲れてるみたいだけど」フユカが優しく声をかけ、沈黙を破った。
「ああ、まあ普通かな」ハルトは笑い飛ばした。「ただ、帰る直前に企画部の同僚にデザインの修正で小言を言われてね。彼女はいつもあんな風に騒がしくて、命令するのが好きだから、ちょっと頭が痛くなったよ」
「そうなの?きっとその人も上司からプレッシャーをかけられてて、急いでたんだね。デザインのお仕事って大変なんだね、ハルトくん、体調には気をつけてね」
フユカの答えはとても寛容で、耳に心地よかった。彼女は彼に同調して他人の悪口を言うこともなく、無関心を装うこともなく、優しく慰めてくれた。ハルトは心の中がとても安らぐのを感じた。街灯の光に照らされた自動販売機の前で二人は立ち止まった。ハルトは小銭を入れ、湯気の立つロイヤルミルクティーの缶を二つ選んだ。彼は熱い缶をフユカの頬にそっと押し当て、彼女を少し驚かせてクスッと笑わせると、それを彼女に手渡した。
「手、温めて」
「ありがとう」フユカは両手で缶を包み込んだ。立ち上る湯気が、通りすがりの通行人のメガネを曇らせた。
二人は再び歩き出し、イチョウの木の下に石のベンチが置かれた、より静かな裏道へと曲がった。その風景には、完璧な秋の夕暮れの穏やかな息吹が満ちていた。
しかし、ロマンチックな雰囲気が最高潮に達しようとしたまさにその時、ハルトの脳裏に鋭い痛みが走った。
それは、かつての呪われた羅針盤による心筋の痙攣ではなかった。カミがそれを回収して以来、彼の心臓は正常な生物学的な機械になっていた。これは物理的な頭痛であり、八度の苦難に満ちた人生の切り刻まれた記憶の破片を背負っていることによる、心理的な後遺症だった。それは、見えない槍が頭蓋骨を貫いたかのように、鋭く襲いかかってきた。
ハルトは低くうめき声を上げ、足元をふらつかせた。彼は近くの石のベンチの背もたれに手を伸ばし、顔をしかめて目をぎゅっと閉じた。
「ハルトくん!どうしたの?!」
フユカはパニックになった。彼女は慌ててお茶の缶をベンチに置き、彼を支えようと手を伸ばした。彼女の髪から漂う微かで優しい香りが、ハルトの鼻をかすめた。彼女はハンドバッグから小さなハンカチを取り出し、彼の額に浮かんだ冷や汗を丁寧に拭った。彼女の手は柔らかく、心配で少し震えていた。
「顔色がすごく悪いよ…病院に行こうか?」フユカの目は涙ぐみ、戸惑っていた。
刺すような痛みは、それがやって来た時と同じくらい素早く引き、軽いめまいだけを残していった。ハルトは息を吐き出し、ゆっくりと目を開けた。フユカの怯えた表情を見て、彼は急いでハンカチを握っている彼女の手を取り、安心させるように微笑んだ。
「大丈夫だよ。驚かせてごめん。ちょっとめまいがしただけだから」
彼は彼女を引っ張って石のベンチに座らせた。夜風が吹き、黄色い落ち葉がカサカサと音を立てて二人の周りに舞い落ちた。ハルトは絡み合った自分の手をじっと見つめ、今こそ自分の心の内の一部を打ち明けてみるのに適切な瞬間かもしれないと感じた。最初の人生で、悲劇が起きたのはまさに彼が真実を隠し、彼女に嘘をつくことを選んだからだった。今度こそ、彼は心を開きたかった。
「実は…最近、時々こういう頭痛がするんだ」ハルトは低い声で話し始め、その視線は街灯の下の虚空を遠く見つめていた。「大抵、ある夢と一緒にやってくるんだ…何度も何度も繰り返される、奇妙な夢だ」
フユカは黙ったまま、大きくて丸い瞳で彼をじっと見つめ、待っていた。
「その夢の中では…僕は今のハルトじゃないんだ。僕は放浪の浪人、戦国時代を生きる侍なんだ。見渡す限り真っ白な雪で、凍えるほど寒い」ハルトはゆっくりと、少し言葉を濁しながら話した。「そして…ある女の子がいるんだ。痩せ細って病弱なんだけど、いつも粗末な木小屋で微笑んで僕を待っていてくれる女の子が」
フユカはゆっくりと瞬きをし、温かいお茶の缶を握る手に無意識に力が入った。
「それから、悲劇が起きた」記憶の破片が心を掻きむしり、ハルトの目は暗く沈んだ。「僕は吹雪の中を走って帰ったのを覚えている。でも、遅すぎたんだ。槍が突き出されて…僕たち二人を貫いた。雪が血で赤く染まった。目を閉じる前、僕は彼女をきつく抱きしめて、どんな代償を払ってでも、何度輪廻を繰り返そうとも、必ず彼女を見つけ出して守り抜くと誓ったんだ」
空間は静寂に包まれた。ブロック先の幹線道路から聞こえる車の低い走行音だけが響いていた。ハルトは、自分が21世紀の女の子に対して完全に狂っているとしか思えないようなことを言ってしまったことに気がついた。九度の人生を歩んできた放浪の浪人は、その恥ずかしさを誤魔化すように、慌てて自分の話に冗談の衣を被せた。
彼はうなじを掻きながら、大声で笑った。「最近RPGのやりすぎか、NHKの大河ドラマの見過ぎで、頭がおかしくなっちゃったのかな。突然こんな妄想みたいな夢の話をして。バカバカしいだろ?血みどろの壮大な恋愛物語を全部自分で作って演じてるなんて、我ながら怖いくらいだよ」
ハルトはフユカが一緒に笑ってくれるか、想像力が豊かすぎるねとからかってくれるのを待った。
しかし、フユカは笑わなかった。
青白い街灯の光の下で、彼女の目は奇妙な輝きを放っていた。彼女は手に持ったお茶の缶を見下ろし、それからゆっくりと顔を上げて、ハルトの目を真っ直ぐに見つめた。その眼差しには、この物語の情景と完璧に一致する、共感と憂いを帯びたロマンチシズムが宿っていた。
「私は、少しもバカバカしいとは思わないわ」フユカは、ベルベットのようになめらかな声で優しく言った。
ハルトは少し固まった。
「東洋の文化には、昔から『えにし』…運命の繋がりや、前世からの縁という概念があるでしょう」フユカは少し首を傾げ、後れ毛が優しく頬にかかった。「科学はそれを潜在意識の破片と呼ぶかもしれないけど、私はね、何度も繰り返されて、そんなに強烈な感情を伴う夢は…きっと、三途の川を渡る時でさえ魂が捨てきれなかったほど、深くて強い約束の破片なんじゃないかって信じてるの」
ハルトの凡庸な心臓が激しく波打った。フユカの言葉の数々は、決して完全に癒えることのなかった彼の傷の最も深い部分に、蜜を注ぎ込むかのようだった。
フユカは手を伸ばし、彼女の温かい指先を、ハルトの固く握りしめられた手にそっと触れさせた。彼女の目は感動で潤んでいた。
「もしその夢が本当に過去の一部なら…その女の子は、きっと、ものすごく幸せだったと思うわ」彼女は囁いた。「凍えるような吹雪の中で死ななければならなかったとしても、命の最後の瞬間に、愛する人が命懸けで守ってくれていることを知っていて、死を超えた揺るぎない誓いを聞くことができたんだもの。そんな愛…とてもロマンチックで、とても偉大だわ、ハルトくん」
時が止まったかのようだった。舞い落ちる黄色い葉のカサカサという音も完全に消え去った。ハルトは呆然とフユカを見つめた。彼女の反応は絶対的に完璧だった。彼女は彼を嘲笑わなかった。彼女はその誓いのロマンを理解し、彼が背負ってきた犠牲を感じ取ってくれたのだ。彼の中のすべての論理、すべての防壁が完全に崩れ去った。
彼の心臓は導くために脈打ちはしなかったが、彼自身の理性が最終的な判決を下していた。間違いない。彼女だ。絶対に彼女だ。ユキの魂だけが、あの物語にこれほど深く、底知れぬ優しさと憂いを持って共感できるはずだ。カミの欺瞞は、夢見がちな少女の自然でロマンチックな反応を、ハルトの魂の鍵穴に完璧に合致する偽の鍵へと巧みに変えていたのである。
「ありがとう、フユカ」ハルトは優しく彼女の手を握り、その声は絶対的な愛おしさに満ちて低くなった。「君が僕を奇妙だと思わないでいてくれるなら、それで十分だよ」
二人は石のベンチに寄り添って座り、肌寒い秋の夜に温もりを分け合った。その雰囲気は絡み合い、甘く、そして揺るぎないものだった。ハルトは、自分の千年にわたる苦悩の旅が、ついにゴールテープを見たのだと感じていた。
ティン。
ハルトのコートのポケットから、乾いた、耳障りな音が鳴った。
ロマンチックな雰囲気は無残にも真っ二つに切り裂かれた。ハルトは顔をしかめ、しぶしぶフユカの手を離してスマホを取り出した。画面が再び点灯し、そこにはやはり、あの忌々しい名前が睨み返していた。ナツミ(企画部)。
『あんた、どういう仕事してんのよ?!スライド3のフォント、バグってるじゃない!ミミズの這ったような字になってるわよ!至急直して、今夜の8時までに再提出しなさい。明日部長がこれを見たら、あんた荷物まとめて橋の下でデザインすることになるわよ!!!』
メッセージには、頭を抱えて叫び、火を噴いている猫のスタンプが添えられていた。
ハルトは息を吐き出し、こめかみを揉んだ。先ほどの物理的な頭痛が再発しそうだった。まさに犬猿の仲。このナツミという女は、間違いなくこの世のすべてのロマンを封殺するために生まれてきた、苛立ちと実用主義と騒音しかもたらさない存在だ。
「またお仕事で何かトラブル?」フユカが瞬きをして尋ねた。その顔には理解が満ちていた。
「さっきのおばさんだよ。本当に面倒くさい」ハルトは無理やり微笑み、親指で通知をキッパリと横へスワイプした。彼は冷たい石のベンチにスマホを裏返して置き、ナツミの存在を頭から完全に消し去った。「放っておこう。今日はもう仕事に十分貢献したんだ。今は…君との時間を過ごしたいだけだよ」
フユカは少し頬を赤らめ、少しうつむいて、絶妙に恥じらうような笑顔を唇に描いた。
東京の黄色い街灯の下、九度の誓いを背負う放浪の浪人は、造物主のあらゆる手配を自信満々にすり抜けた。彼は現在の騒がしい現実へのドアを閉ざし、自分自身とフユカという幻影が織りなすロマンチックなガラスの檻に自分を閉じ込めることを選んだ。最後の賭けのルーレットが、正式に回り始めた。
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