体育館裏で待ってます
怒涛のような自己紹介タイムが終わり、ようやくホームルームへと移った。同じクラスとは言え、五千院財閥のご令嬢など雲の上の存在。はっきり言って只のクラスメイトという関係以外、俺との接点など今後皆無だろう。とりあえずは当たり障りのないよう平穏無事に卒業を迎えられれば良い。そう思っているのだが、そうは問屋が卸さないのが世の常だ。
「五千院さんの席はそうだな…一番後ろの黒井の横が空いてるからそこに座ってもらえるかな」
担任の言葉にクラス全員が一斉に俺の方へ顔を向ける。一気に注目を浴びた俺はハッとして自分の真横を見た。すると先程まで何もない空間だったはずなのに、気づいたら真新しい椅子と机が並べられているではないか。いつの間にと思っていたら、星花と一緒に教室に入ってきたメイド服の女性が俺の背後に立っていた。物音はおろか気配すら感じなかったのだが、この人は一体何者なんだ?
「はい、かしこまりました」
星花は俺の横にある席へ悠然と進んでいく。その麗しい佇まいにクラスのほぼ全員が見とれているように見えた。かく言う俺も彼女の姿を目で追う。するとほんの一瞬だけ目が合った。
「……チッ…」
………?気のせいか?今、俺に軽く舌打ちした?俺にしか聞こえないくらいの音量のためか、誰も星花の舌打ちについて気づいていないようだ。もっと言うと自己紹介の時に受けた鋭い眼光まで向けられたように感じる。しかしすぐに元の悠然とした姿に戻ると、先のメイド服の女性が座れるよう引いておいた椅子に腰掛けた。
「ありがとう笹井さん、もう明日から大丈夫よ」
メイド服の女性に星花はニッコリと微笑んだ。その微笑みは正に天使、もしくは聖母の微笑みといった具合か。クラス中から悲鳴のような歓声が上がる。たちまち彼女は我が校のカーストトップに躍り出たようだ。
その証拠に休み時間に入ると星花の周りにクラス中の生徒、否他のクラスや果てには別の学年の生徒までもが星花を一目見ようと押し寄せてきた。かく言う俺は自分の席まで他の生徒に奪われてしまい、完全に蚊帳の外に追いやられてしまった。仕方なく休み時間が終わるまで廊下をぶらつこうとするが、星花目当ての人だかりで教室から出るのも一苦労である。やっとこさ人を掻き分けて廊下に出ると、隣のクラスから茶髪の男子生徒が俺の方に寄ってきた。
「よお、紋。今日は大変みたいだな」
「ああ、全く。五千院財閥の令嬢の噂は聞いていたけど此処までの人気とは思わなかった」
「しかも彼女、お前の隣の席なんだろ?」
「ああ、お陰で座ることもできないわ」
「ハハハ、チャイムが鳴るまで駄弁ってようぜ」
俺に声を掛けた男子生徒は前橋一智。幼馴染であり一番の親友でもある。そして何より「ブリデュオ」シリーズのファンであり、俺の趣味を理解している唯一の人物でもある。お調子者で茶髪の不良っぽい見た目だが、何だかんだで面倒見が良い好人物だ。何より顔立ちが整っていることもあり、本人は自覚してないものの昔からかなりモテている。
なお見た目から地味な俺と前橋君がつるんでいることについては女子生徒から怪訝な目で見られることが多い。先生に至っては俺が前橋君にカツアゲされていると勘違いされたことすらある。全くお互いにとって風評被害もいいとこだ。
ま、それはともかく前橋君の存在は俺にとって数少ない癒しかもしれない。幼馴染で親友でかつ、同好の士というのは掛け替えのないものといえる。これで異性だったらどんなに良いことかとは言わないでおく。
「そう言えば今日の夜8時からイベントクエがあるぞ。夕飯食ったら一緒にやらないか?」
「えっ?今日だったっけ?」
「ああ「ブリデュオ」コラボの衣装とボイスがもらえるはずだ」
「おお!!!待ってました、「ブリデュオ」のコラボクエ!」
前橋君と一緒に遊んでいるアプリゲームの話で盛り上がっているとチャイムが鳴った。そろそろ休み時間もおしまいなので教室へ戻らないといけない。
「紋、放課後に続き話そうぜ」
「うん、じゃあまた放課後」
そう言って俺と前橋君は別れる。まだ星花の周りに人だかりが出来ているだろうか。恐る恐る戻ると既に他の生徒らは撤収しており、俺は無事に席に座ることができた。ふと隣を見ると星花が静かに席についてジッと前の向いている。さすがお嬢様、真面目だなと感心していると突然、背後から肩を叩かれた。びっくりして振り返ると星花のメイドが立っている。
「失礼します。お嬢様から此方を預かっております故、どうか放課後までに一読ください」
メイドはいきなり俺に上質な紙で作られた封筒を渡してきた。「お嬢様」から俺宛にと言われたのだが、正直俺と横の星花に今のところ何の接点もない。強いて言えば自己紹介の際に睨み付けられたことと席に座る時に舌打ちされたくらいだ。なのにどうしてこんな封筒を渡してきたのだろう。
様々な疑問が浮かぶが、横にいる当の本人に聞く気にはなれない。とりあえずメイドに言われた通り封筒の中身を見てみることにした。封筒の中には丁寧に折り込まれた、これまた上質な紙質の便せんが一枚入っていた。俺は狼狽えながらも周りに見られないよう慎重に便せんを広げた。
『拝啓 黒井紋様
突然のことで大変申し訳ございません。貴方様にどうしてもお伝えしなければならないことがございます。教室ではとても言える内容ではないため、本日の放課後に体育館裏に来てもらえますか?先にお待ちしておりますので必ずお一人でいらして下さい。
五千院星花より』
中の文面を見た途端、俺はゾッとして真横にいる星花の方を向いた。俺からの怪訝な視線に気づいていないのか、はたまた無視しているのか。星花は微動だにせず前の黒板の方をジッと見ている。仕方なく俺は封筒を渡してきたメイドの方を向いてみたが、いつの間にかメイドの姿は消えていた。何が何だかサッパリ分からないが、とりあえずお嬢様の頼みを無視するのは良くないだろう。前橋君との約束はあるが、先に星花に会っておいた方が良さそうだ。しかし…
「まさか…罰ゲームの告白とか?…いやいや、あり得ないわ」
俺は自嘲気味に独り言を呟いたが、その横で星花が鋭い視線を再び向けていることに俺は気づいていなかった。




