お命頂戴します
さて、あっという間に放課後になった。星花の周りにはまたも人だかりが出来ていたが、先のメイドの女性と、もう一人屈強なボディガードらしき金髪の黒服が星花の席に現れるとサッと人の波が引いていく。
「それでは皆様、ごきげんよう。また明日お会いしましょう」
星花は周りの生徒らに深々とお辞儀すると、颯爽と教室を後にしていった。すると他の生徒らも道すがら星花へ頭を下げ出している。間違いなく我々一般生徒とはオーラが違う。今日一日だけで星花は我が校のスターになったみたいだ。
放課後と言うことで今日の学校自体は終わった訳だが、俺にとってはこれからが本番でもある。何故俺を体育館裏へ呼び出したのか。何故俺に敵意を向けるのか。まずは星花自身に聞いておく必要がある。
「正直気乗りはしないけどな…」
俺はポツリと呟くと、前橋君に先に帰ってもらうようにスマホへメッセージを送っておく。そして覚悟を決めた俺は9割の不安と1割の期待を抱えて、恐る恐る星花が指定した体育館裏へと向かった。
我が校の体育館裏は普段から非常にもの静かな場所だ。また人目に付きにくいこともあり、授業をサボって此処に入り浸る生徒も少なくない。ただ今日は星花が前もって人払いしたのか、あるいは早めに下校したのか他の生徒の気配を全く感じない。
「本当に此処でいいんだよな…?」
俺は体育館裏に着くとキョロキョロと辺りを見渡した。先に待っていると文面には書いてあったが、彼女の姿は見当たらない。もしかして新手のイタズラだったのか?とは言えイタズラにしては度が過ぎているように思うが。
仕方なく前橋君にもう一度メッセージを送っていると、不意に体育館裏近くに植えられているイチョウの木から人影が現れた。影はゆっくりと確実に俺の方へと近づいてくる。俺は思わず悲鳴を上げそうになったが、影の正体が星花であることに気づくと呼吸を整えた。星花は教室の時に見せた優雅な佇まいとはまるで違う不気味なオーラを漂わせている。とても同一人物とは思えない。
「黒井紋君、約束通り来てくれましたね。ようやく二人きりで話ができますね」
星花が俺に向かってニコリと微笑んだ。だが、その笑みは最初に見せた天使の笑顔とはかけ離れた何かドス黒いものに見える。俺はそんな星花の姿に圧倒されてその場から動けなくなってしまった。
「え、ええと…どうしたんですか?」
「突然呼び付けたことは謝ります。しかしどうしても貴方に伝えたいことがあるのです」
「えっ…俺に伝えたいことですか?」
はっきり言って星花が伝えたいことと言うのが全く分からない。最初の自己紹介から全くと言っていいほど接点がなかったのに俺に何の用があると言うのだ。緊張の余り生唾を飲み込むと星花から信じられない発言が飛び出した。
「黒井紋…此処で会ったが百年目。貴方のお命頂戴します」
「……………はっ??お、俺の命…?!」
「お覚悟!!」
突然星花は顔つきを変えると、懐から短刀のような物を取り出す。何でそんな物を持っているのだ。それにあの表情は冗談なんかではない。間違いなく本気だ。星花は本気で俺の命を取るつもりでいる。
「えっ!??ちょ、ちょっと待って!どういうこと??」
「ようやく貴方を見つけました。やはり下調べしておいた甲斐がありましたね」
「いやいや!?全然分からないんだけど?何で俺が星花さんに命を狙われなきゃいけないの!?俺、星花さんに何かした?」
「いいえ、私には何もしておりません。しかし貴方の命は今、いただきます」
星花は躊躇いなく持っている短刀の刃を俺に向けた。これって銃刀法違反じゃないのか?マジで勘弁してくれ。何で普段通りに学校に行ったら転校生から命を狙われなければならんのだ。こんな理不尽許されていいのか?いや許されるはずがないだろ。
「まず教えてほしいんだけど人違いとかないよね?」
「人違い?」
「そうそう、例えば同姓同名の別人と俺を間違えているとか…」
「黒井紋、満17歳。誕生日は6月20日。身長170cm、体重は65kg。血液型はB型。出身中学は土戸園中学校。両親ともに会社員、妹が一人いる。趣味はゲーム、そしてアニメ「ブリデュオ」シリーズの鑑賞。それから…」
「ワー!!分かったから、もう止めて!!」
星花は迷うことなく俺の個人情報をツラツラと述べ始めたので俺は慌てて止めた。何で此処まで知ってるんだ。おまけに「ブリデュオ」シリーズのことまで出されたらさすがに穏やかでは居られない。
「これで分かったでしょう?私が貴方のことをどこまで調べているのか。これで言い逃れはできませんよ」
「ちょ、ちょっとおかしいよ!どうして此処まで…まず俺が狙われなきゃいけない理由を教えてよ!!」
俺は敬語を捨てて星花に必死に問い掛ける。下手なことを言ったら最悪な事態になりかねない。そもそも此処で刃傷沙汰を起こしてどうするつもりだったのか。まさか五千院財閥の力で揉み消すつもりじゃなかろうな。俺があれこれ思案していると星花から思いもよらぬ発言が飛び出した。
「貴方が…いけないのです。前世の貴方が前世の私を裏切ったからです!」
「…………はあ???」
前世?裏切った?何の話だ?唐突過ぎて全く理解できない。と言うか前世の痴情のもつれで刃傷沙汰を起こそうとしているのか、このお嬢様は。予想の斜め上の理由に俺は頭がクラクラしてきた。
「……あのー、帰っていいですか?」
「ダメです。大人しく私の手に掛かって下さい」
「それは絶対に嫌です」
よく分からない内に押し問答に発展する。そう言えばさっきまで星花と一緒にいたメイドと黒服は何処に行った?こういう時こそ彼女を止めてもらいたいのだが。とりあえず何とか星花を落ち着かせないと明日の朝刊に載る羽目になる。
「とりあえず一旦明日に持ち越しませんか?俺は逃げも隠れもしないので」
「そういう訳にはいきません。ようやくチャンスが巡ってきたのです。さあ、覚悟を決めてください」
ダメだ、こりゃ。どうしたらいいんだ、これ?先生を呼ぶべきか考えていると、星花が短刀の刃を向けたまま此方へ走ってきた。しまった、刺される。覚悟を決めて目を閉じた次の瞬間、俺の唇に何か柔らかいものが触れた。




