1.2 英雄譚と現実
あらすじ
絡んできたゴロツキをシバいたシン。変な少女リアと共に目的地であるキラルス第一高校へ向かう。
ゴロツキ花火を堪能したシンは、焦げかけた男に問う。
「なあ、キラルス第一高校ってどこ?」
男は答える余裕がなく、それを横で聞いていたリアの方が反応する。
「もしかして一高の入学志願者ですか?」
「ああ、そうだ」
「私もそうなんですよ〜ぜひ一緒に行きましょう!」
その一言にシンは目を見開いた。彼女の戦ったことがなさそうな見た目、武器を所持している様子もない、これから試験だというのに高級そうな宝石をつけていること、そしてなにより、こんなドジが第一高校を受けられないと考えたからだ。
キラルス第一高等学校はキラルスでトップの学校で、入学試験を受けることすら簡単ではない。しかも、今日は特に難関である特進科の試験の実技試験の日である。特進科の受験は特殊だ。まずキラルスの各中学校からの推薦や第一高校からの直接のスカウトがなければ受験資格すら得られない。そして筆記試験はなく実技試験のみだ。これは近年の戦争の激化に伴い、軍部の強化を目的に変更されたことだ。
ちなみにシンはキラルス近くの小国『バイゼ』では敵なしで、当時の先生が第一高校のお偉いさんと繋がりがあるらしく、特別に受験の許可をもらっていた。
一見ポンコツに見えるが、実力はあるらしい。
「場所は分かるのか?」
「じ。実は可愛い猫ちゃんにつられて迷子中でして……で、でも、スマホの使い方は分かります!」
リアはシンが手に持っていたスマホを見て、自身ありげに答えた。
「君のスマホは?」
「家に忘れました! では、行きましょう!」
その勢いに流されて、シンはリアと同行することになった。リアが段差に躓き、ふにゃという情けない声を上げる様子を見て、不安を拭えないのであったが。
「名前はなんて言うのですか?」
「シン=アヴォガドロだ。バイゼから来た」
「バイゼ出身なんですか⁉︎ あそこの湖とっても綺麗ですよね! でもそんな遠いところからどうしてキラルスまで?」
「綺麗だったよ、俺が小さかった頃は」
「あっ……ごめんなさい……」
バイゼは5年前に隣国から攻め込まれた。もともと山奥にある小さな町だったバイゼは為す術がなかったが、幸運にも遠征中であったキラルス軍に助けられ、キラルスの傘下に入り、遠征の拠点になっていた。そもそもバイゼはほとんど軍事力も資源も持っておらず、どうして急に攻め込まれたのかは今も謎のままであるが。
バイゼ大戦と呼ばれる戦争は、遠く離れたこのキラルスでも有名だ。それはある男の英雄譚における、最も有名な英雄譚の一つであるから。
「俺はこの戦争を終わらせるためにここへ来たんだ。そして『あの人』のような英雄になる」
キラルスはもともと海沿いにあるどこにでもあるような小国であった。それが今や最も勢いのある国の一つと考えられている。今の最前線はキラルスの首都の遥か西側、よってこの首都の国民に今なお戦争をしているという実感はない。支配下の国を含めると、今や世界の4分の1もの地域を支配下に置く大国である。それもたった一人の男が国の情勢を動かしてしまった。
ゼルギウス=ファラデー、炭素(C)の能力者で、体を世界最硬の物質であるダイヤモンドに変化させる。ダイヤモンドが生み出す鉄壁の盾は最硬の刃ともなる。世界に炭素能力者は数多くいるが、ダイヤモンド構造はただでさえ構成するにはかなりの練度を要する共有結合の中でも特に難易度が高く、ダイヤモンドを扱うことができる能力者は世界でこのゼルギウス一人と言われている。この圧倒的な強さを誇る現オラリア国王の体に傷をつけられたところを見た者はいない。
国民は彼を崇め、彼に憧れる。シンもその一人であった。
ゼルギウスの右腕として世界を治めることがシンの目標であり、野望だ。
「そう……なんですか……」
リアは申し訳なさそうな表情をしたが、シンが気にするなと告げると、今までの笑顔に戻った。
「しかしこの国はもっと都会だと思っていたんだがなぁ」
田舎育ちのシンにとって世界の4分の1もの国土を収めるキラルスは、もっと機械化が進んでいて、店ではロボットが店員を担い、人々は空飛ぶ車で移動をし、街は電子パネルでいっぱいのような状況になっているのかと予想していた。しかし実際には、所々にある店は多くがチェーン店で、田舎から出てきたシンでさえ知っている店がほとんどである。店員は普通に人間が担い、空には数機の警備用ドローンが飛んでいるだけで、アスファルトで綺麗に舗装されただけの道に、普通のビルといった建物がそびえ立っている普通の街だ。ただ、かなり昔からの建物のため仕方がないが、大理石でできていると思われる宮殿は多少異質に感じられる。
「キラルスはゼルギウス王が10年前に戴冠してから一気に勢力を広げましたから……。戦争で得た金銭はほとんど次の戦争のために使われているんですよ」
「でも、それじゃあ国民から不満が出るんじゃないか? そんな風には全く見えないけど」
この国の政治形態は直接民主主義だ。王は国民の直接選挙で選ばれ、その基準は戦争においての活躍である。よって王に選ばれるのはその当時最も強い人間だ。シンの言う通りに王の支持率は高いものがあり、9割以上の国民が今の政治に満足していると言うデータがあった。
「確かに、戦争で得たお金は直接国民に還元されません。しかし、広がった領土は国に申請することで基本的に自由に使用することができるので、そちらで収入を得ることができるのです」
「なるほどねぇ」
キラルスの躍進の背景にはゼルギウス一人の力だけではなく、高い技術力と他国を圧倒する科学研究の進歩がある。ただ、今はまだ研究や技術のリソースを戦争以外に使う余裕がないということだろう。
結果的に貧富の格差は拡大した。稼げる資本家は莫大な資産を築き、稼ぐ手段の乏しい人間は搾取される。
それがこのキラルスの現在地だった。
「着きましたね!」
ノーデン通りの入り口から徒歩で十分ほど進んだ位置の右手にあるのが、キラルス第一高校。
そして、王ゼルギウスの出身校でもある。
見た目は普通の学校であるが、正面の本館、東棟、北棟、南棟と、四つの建物で構成されており、広さだけで言えば宮殿に負けず劣らない。校舎の見た目は一般的なものであるが、最近塗装し直したかと思うほどに、綺麗な外装である。
門の奥、本館の前には既におおよそ三百人くらいの人だかりができていた。見るからに屈強そうな男や、頭の良さそうなメガネをかけた少女など、様々だ。受付を済ませ、しばらく待っていると、一人の男が建物から出て来た。ブロンドの長めの髪をいかにもな美男子。
「え〜、本日試験官を務めるフーベルトだ」
あたりにどよめきが起こった。それも無理はない。フーベルト=モールは王ゼルギウスの頭脳であり、その甘いマスクも相まって女性からの人気は凄まじいものがある。誰もが知っている大物であり、見た目だけではなく実力も折り紙つきで、剣術の腕は超一流。塩素(Cl)の能力者であり、多種多様な毒を操ることができる。赤と黒を基調とした軍の制服の中でも特に階級の高い者に与えられる豪華な装飾のつけられた服が、圧倒的な威圧感と迫力を醸し出す。年齢は40歳近いはずだが、まるでそのようには見えない。
元々はそれほど髪が長くなかったため、気付かないのも仕方がなかった。
フーベルトはその反応を意に介することなく事務的に進める。
「では、これから試験概要の説明を行う。試験は一次試験と二次試験の二つ。一次試験はこれから東の森にある洞窟に向かい、二人一組で探索を行ってもらう。洞窟内には様々なトラップやロボットのモンスターが準備されている。それぞれ定められた別のものを探してもらい、制限時間内にそのアイテムを持って洞窟から脱出した者たちが合格だ。二次試験については対人戦となるが、詳細は一次試験後に説明する。諸君らの健闘を祈る」
フーベルトという大物の登場。それも相まって、シンはこれから始まる戦いに胸を躍らせて高まる胸の鼓動を抑えられずにいた。




