1章 入学試験編 1.1 メラメラ燃える田舎者
大きな大陸の東端に位置する国家『キラルス』の中央から北に伸びるノーデン通り。ここは今日も平和だった。車が止めどなく通過していき、左右の歩道には徒歩で移動する人々が後方のキラルス中央駅に向かってきている。右側にはバスやタクシーの発着場があり、やはり車が出入りを繰り返している。この通りは、入り口からそこそこ急な上り坂が30メートルほど続き、その先は平らな直線道路があるようだ。そのつきあたりには石造りの巨大な宮殿が聳え立ち、異質な雰囲気を醸し出している。その坂道の入り口右側の歩道で駅から出てきた一人の少年は新品のスマホを片手に周りを見渡していた。
「ここがキラルス……あの人の……国」
その少年は、中肉中背で琥珀色の髪、やや童顔ではあるが整った顔立ちをしている。黒のロングパンツと灰色のパーカーを着ていて、フードを浅く被り、パーカーの両ポケットに手を入れていた。背中には布の二本の細長い袋を背負っている。真紅の瞳が坂道の奥の宮殿を見据えていた。
名前はシン。しばらく歩いたところで、彼は路地裏に歩み入れていた。
「迷ったな……」
田舎育ちの彼は、都会に慣れていなかった。スマホがあれば大丈夫だと聞いて事前に買っていたが、使い方が分からなければ仕方がない。
途方に暮れていた彼に、複数の人影が近づいてきた。
「おやおや、田舎者がこんなところに来ちゃダメじゃないかぁ」
目つきの悪い男の五人組。シンは目を細めてその様子を分析した。服の中に隠しているが、明らかに武装している。
この地域のゴロツキというところか。厄介だ。
「すみません、この街は初めてで道が分からず。案内してもらえませんかね。キラルス第一――」
とりあえず下手に出てみるも、効果はなかった。
「おうおうおう構わないけどよお、ちゃんと礼はしてもらうぜえ? 大層な荷物を持っているもんなあ」
キャリーケースだけでは入らず、その上に大きな旅行カバンも乗っている。確かに他人から見たら長期の旅行か何かだと思われても仕方はない。お金もそれなりに持っていると予測はできる。だが……
田舎者かどうかを判断する要素は別に無くないか?
悲しくて情けなくて、思わず首が垂れる。何かあるのか? 都会の人が田舎者を判断する要素が。いや、事実そうなのだから仕方ないのだけれど。
うなだれるシンに構うことはなく、ゴロツキ共は良い獲物を見つけたかのように、けらけらと笑みを浮かべあう。
一歩ずつ彼らはシンに近づく。身ぐるみ全部剝がされそうな勢いだ。
どうしたものかと案じて、シンは後頭部を掻いた。
その瞬間、大きな声が聞こえた。
「ま、待ちなさい!」
女性のソプラノの高音。勢いよく、というよりかは、振り絞ったような声。
路地の一角、建物の壁の上。太陽の光を背に、彼女はシンたちを見下ろしていた。
肩くらいまで伸びた群青色の髪を激しく振りながらシンより頭一つ分くらい小柄な少女。パッチリとした桃色の瞳はどこまでも透き通りそうなくらいに綺麗で、吸い込まれてしまうような魔力を感じる。カジュアルな長袖シャツとロングパンツの服装で、顔、首筋、少しだけ腕まくりをしているが故に見える腕は、ずっと部屋の中に閉じ込められていたのではないかと思うくらいに色白で細く、控えめな胸の上には高級そうな翠緑の大きな宝石のネックレスが輝いている。
「なんだあ、お前」
「私はリア! 私が来たからには不法行為は許しません!」
警察、かと思ったがそんな雰囲気ではない。何より若い。シンは同世代くらいだと感じた。
沈黙が流れる。なんだかよく分からない間。これどっちのターン? みたいな
「……な、なんだよ。とりあえず降りて来いよ」
「そ、それもそうですね……」
リアはそおっと壁から降りようとする。別に2メートルくらいなんだから飛び降りられるだろうに。
だがそれでも、リアが地面に降りようとした瞬間、斜めにかけていたカバンがズリ落ち、リアは派手に転げ落ちた。普通に痛そう。
「ははは! 随分と可愛いヒーローだなあ」
ゴロツキも拍子抜けしたように、大笑いをする。そして、痛そうに四つん這いになっていたリアのお尻を蹴り上げた。加減しているとはいえ、良い音が鳴った。
「い、痛い! ひどい! お父さんにも蹴られたことないのに!」
いや、お父さんは娘のケツを蹴り上げないと思うぞ。
リアはお尻を押さえながら立ち上がり、ゴロツキ共を睨め付ける。
「あなたたち、いい加減にしないと痛い目を見ますよ」
だが、涙目でお尻を押さえる彼女に説得力はない。ゴロツキは良い鴨が来たかのごとく、より一層卑しい顔をしている。
その様子が見ていられなくなったシンは、リアに呼びかけた。
「なあ、ここで抵抗しても罪には問われないよな?」
一瞬呆けた様子を見せたリアだったが、すぐに首を何回も縦に振った。
「は、はい! 正当防衛です! こんなに痛いので!」
一個は自分でコケたからだが……
シンは呆れつつ胸ポケットから赤色のライターを取り出した。
「火炎」
そして、着火する。
「とっとと戦意を失ってくれよ? 大怪我させないようにするのは大変なんだ」
ライターから生まれた火は、シンの前で大きく燃え上がった。
「俺はいずれ、世界で2番目に強くなる男だ」
体以上に膨れ上がった緋色の炎は、シンの振りかざした手に呼応するように、ゴロツキ共へと襲い掛かる。
その間わずか3秒程度。彼らは為す術なく炎に包まれた。
『エレメント』、それは元素を自在に操る力。元素の生成、状態変化、他元素の結合などを駆使し、様々な現象を引き起こすことができる。この力が発見されてから、人類は飛躍的に科学を進歩させた。特に材料化学に関しての進歩は著しい。より用途に適した性質を持つ物質をエレメントによって生成することで、その材料を用いた製品はより高性能に進化する。
しかし、その化学進歩が最も進化させたのは武器だ。エレメントによって攻撃力の増した兵器によってそれまでは安全だった国でも争いは絶えなくなった。次第に物価は上がり、生活が困窮していく人々は戦争の終結を望んでいる。
そして、それを志してキラルスに来たのが、この男シンである。
「俺は燃えているんだ。これからキラキラ高校生活を目指しているやつに水を差すな」
「て、てめえあの学校の化け物か⁉︎」
「んなことどうでもいい! あ、あちい!」
「だ、誰かなんとかしろ!」
それを目の当たりにしたリアは、思わず感嘆の声を上げる。
「す、すごい! 酸素(O)の能力者なんてとっても珍しいですよね!」
リアのお世辞ではなさそうな言葉に、シンは少し得意げな表情をした。
エレメント使いはその元素によって大きく金属と非金属の二つに分けられる。その割合はおおよそ7対3だ。
この現象も、ライターの火に酸素を送り込んでコントロールしただけ。
今や誰もがこの能力を持ち合わせる。ゴロツキ共も抵抗しようとするが、火の熱さで集中力を維持できない。
彼らの火が多様な色を帯びる。赤・紫・緑――
どうやらエレメントで生み出そうとした金属で炎色反応が起こっているらしい。
だが、思わぬその色鮮やかな光景に、リアが得も言われぬ表情で呟いた。
「なんか……綺麗ですね」
「俺たちが悪かったから、もう勘弁してくれ~!」




