3.1 真価を示せ
あらすじ
1学期が終わり、夏合宿が始まる。
7月24日、一行は山奥の神社に参拝していた。この山は過熱している戦争とは縁遠く、周りには鳥をはじめとする動物や虫などの鳴き声しかしないとても静かな場所である。周囲は緑に溢れ、夜露が残り涼しげだ。この神社は高台の上にあり、入り口の緋色の鳥居は少し表面が剥がれているものの、堂々と参拝客を歓迎している。
この場所に来た理由は、簡潔に言うと毎年恒例の強化合宿である。
この合宿は基礎能力を1学期に鍛え、それを実践的な連携に応用することを目的として学校が企画したものだ。無料ということも相まって、特進科の生徒は全員が参加することになった。
2学期には学校対抗の競技会である対校戦が控えている。この夏合宿での強化は、それも見据えていた。
場所は、キラルスの支配下にある地域の孤島『へイネス』。キラルスから新幹線と電車で南西に3時間、船で2時間ほどかけてようやく着く。この時間は軍用に開発された最先端の高速のバスと船を乗り継いでの時間であるため、実際には1000キロ以上離れている。
島の周囲には燦々と降り注ぐ太陽を反射してキラキラと輝く砂浜が存在し、海の水も澄んでいる。島の内陸は最高400メートルほどの山がそびえ、高い広葉樹によって緑に染まっていた。風波の音と動物の鳴き声しか聞こえないとてものどかな島に、生徒たちは心を弾ませる。この島を解放したら、さぞ人気の観光地になるであろうと誰もが思うが、調べてみるとここは一般人は上陸不可になっているようだ。
合宿の1日目ということで、それぞれの成長を祈願して、神社に参拝することになっていた。
鳥居の先は大きな木に囲まれ、細い道となっていた。50メートルほど歩くと、巨大な本殿が待ち構えている。左手にはお守りなどを売っている売店があり、三人ほどの巫女が何かの作業をしていたが、一向に気づくと整列し笑顔でお辞儀をしてくれた。
無表情のアレンとフリードに対し、地元にはいなかった巫女という存在にシンは興味津々だ。その様子を女性陣が気色悪がっているのも気付かないまま。
その後、鳥居と同じ色の柱に真っ黒な瓦屋根を被った本殿の前に全員整列し、フーベルトの動きを契機に一斉に祈祷する。
二礼二拍手。
苦悩、渇望、決意、それぞれの思いが交錯する1週間が始まった。
□ □ □
合宿は参拝した神社の裏側にある木々に隠れた施設で行われる。1階建ての建物が3棟あり、一つが演舞場、もう二つが繋がった宿泊棟になっている。
宿泊棟に荷物を置いた一行は昼食をバスの中で済ましていたため、すぐに演舞場に向かった。演舞場の中は体育館のような見た目で、6つの正方形が地面に線で描かれている。一辺はおよそ20メートル。それぞれの正方形には垂直に薄緑色の透明な障壁のようなものが見える。これはオリジンを凝縮して作られる広範囲の攻撃などが周りに行かないようにするためのバリアだ。
「一連の攻撃が終了したら次の仲間に切り替われ。その際にわずかな隙も相手に与えるな」
初日は味方3人に敵1人の数的有利な状況での連携を練習する。最も基本であり、実際の戦闘では理想的な状況である。
「一撃決まれば相手は動揺する。その隙を見逃すな」
フーベルトの表情は厳しい。
「遅い!」
フーベルトから檄が飛ぶ。いくら3対1であっても敵は一流の講師が務めるため、勝つのは容易ではない。いつも以上の厳しさと訓練の激しさに、生徒たちは苦しみながらも必死に食らいつく。
やはり、ここでもシンの経験不足が露呈した。シン、ラウラ、モニカの三人もラウラの攻撃からシンに切り替わる時に隙ができ、シンがカウンターをくらう。モニカの深緑色のハンドボウから発射された高速の矢が躱されると同時にラウラが蹴り飛ばされ、一瞬で間合いを詰められたモニカは為す術もなく倒された。いつも以上に防具を多くつけているため怪我をすることはないが、痛みは伴う。三人はうずくまりながらもコートの外へ出された。
違うコートで戦っていたアレンなど実戦経験の豊富なメンツは、巧みな連携で相手を翻弄する。最後はアレンの電気を纏った高速の突きが雷のごとく相手を貫き、勝敗を決した。
ライバル意識があるアレンに対して、未だ勝負にすらならない現状にシンは歯ぎしりをする。
「(考えろ! 次の動きを、仲間の意図を!)」
連携において必要とされるのは思考力である。幼少期から英才教育を受けてきた者たちとシンでは、既に大きな差があった。
うなだれるように休憩を取っていたシンに、一つの影が歩み寄る。
「なんだお前か」
落胆とも安心とも取れる声色を向けたそこには白髪の美男子、アレンがいた。
「なんだってことはないだろう」
「何か用かよ」
「今日の訓練は散々じゃないか」
アレンが単刀直入に切り込む。
「うるせー。俺だって色々考えてるんだよ」
シンは口をへの字に曲げる。
「色々考えているのはよくわかる。でも、君は仲間の顔色を伺いすぎだ。連携は敵を倒すただの手段だよ」
「手段……?」
「実戦で、君はそんな戦い方をするのか?」
実戦。そこでの今のシンの現状は、死を意味する。
それだけではない。仲間も、全員死ぬ。
そして、失ったものは二度と戻らないという当たり前で普遍的な事実。
その情景が、まるで現実かのように想像が付いた。
アレンは言うべきことは言ったと、その場を去って行く。
「クソ、たまにはアイツの口車に乗ってやるか」
休憩明け、再びラウラとモニカの三人での連携。
シンのいつも以上の真剣な表情に、二人も息を飲む。
「悪い、二人とも。ちょっと、好き放題やらせてもらうぞ」
目の前の講師を、敵兵だと思い込む。シンはいきなり前に詰めた。
実戦で、様子見の時間なんてない。一撃、自分の一番得意な形で殺し切る。
突然のインファイトにラウラとモニカは少し遅れるが、シンは講師と互角に打ち合う。
1対1で負けるつもりだって、到底無い。それだけの鍛錬は積んできた。
ここでようやく、講師の顔が歪む。
「(さっきまでとは別人だな)」
双刀による超連撃。その一撃一撃が受ければ必殺の威力に、否応でも注意を強いられて。
1学期の鍛錬は、確かにシンの身に宿っていた。
絶妙なタイミングでラウラが飛び込む。シンが体勢を崩された瞬間、フォローに入った。講師は流石の反応でラウラに照準を合わせたが、そこにモニカのハンドボウの矢が命中した。立て直したアレンがとどめの一刀を放ち、その手合いは三人の勝利となった。
□ □ □
その日の訓練はそれで終了となり、一行は宿舎へと足を運んだ。
自然の中にある木造りの宿、という感じで雰囲気は良い。特進科の男子は全員同じ宿で、その中でシンはフリードと同じ部屋だった。
シンとフリードはタイプは少し異なるが、相性は悪くない。フリードは静かだが感情は分かりやすいし、シンが気付かないところに気が回る。前に出るのは得意ではないが、そこはシンが担ったりして。お互いが足りない部分を補っているという感じだ。
また、フリードは元素学への造詣が深い。劣等生のシンはいつもお世話になっていた。
この日も、元素の圧縮・膨張の基礎トレーニングに付き合ってもらっていた。
「ふう、だいぶコツは掴めてきたような気はするけど、なかなかみんなのようにはいかないな」
それを聞いたフリードは、小さく首を横に振った。
「……大丈夫。シンはちゃんと強くなっているよ」
男同士、別に普段褒め合うようなことはないから、ついシンはきょとんとしてしまう。
「これはあくまで基礎だからね。実戦になったら、僕はもうシンに勝てないよ」
「そりゃお前、役割が違うだろ」
「まあね」
前衛と後衛が1対1で戦えば、基本的に前衛が勝つ。だが、エレメントの練度に差があればそれがひっくり返るのも事実だ。例えば、生成した金属で押し潰してしまうなどのように。
「シンの戦闘センスは、アレンにだって負けてない。僕はそう思う」
その手放しの称賛に、シンは少しだけ照れ臭くなって話を変えた。
「フリードは、どうしてこの学校に来たんだ? 正直、そこまで戦いは好きじゃないように見えるが」
フリードは昔を懐かしむように、遠くを見て話し始めた。
「……僕の故郷は山奥だったんだけどね。もう都市開発で無くなっちゃったんだ、自然と共に。今もう、この世界に完全な自然なんてほとんどない。だから守りたいんだ」
ちょっと喋りすぎているね、と少しだけ照れ臭そうにフリードは笑って告げる。
「守るには知識と力――そして仲間が必要。だから、この学校に来たよ」
そのいつもとは異なる饒舌な姿を見て、フリードの想いを知って、シンは少しだけ嬉しくなった。




