2.6 彼らの歩む道
あらすじ
風紀委員として活躍し始めたシン。7月に入り、1学期試験が始まる。
7月10日、1学期試験が始まった。
最初の試験は、数学。案の定、試験終了後にはシンが机に突っ伏して、消し炭のようになっていた。
「大丈夫ですよ。成績が悪かった人には再試験もあるみたいですし」
リアが励ますとシンも目を細めながら顔を上げる。
「あれ? そう言えば、今日アレンはいないのか?」
いつものメンバーが集まっていたが、一人少ない。
「あんたニュース見ていないの? 昨夜レジスタンス掃討作戦が決行されたらしいわよ。多分だけど、アレンはそっちに駆り出されているんじゃないかしら。少なくとも、フーベルト先生はそっちに行っているわね」
『レジスタンス』、最近勢力を広げている反政府団体である。王の政治に反発し、武力による国家転覆を図っているとニュースでは報じられている。勢力拡大に耐えかねた政府は、今回かなり大規模な殲滅を図ったらしい。王を尊敬し、もはや崇拝と呼べるレベルのシンにとって、レジスタンスという組織は受け入れがたい存在であることは確かだ。
「で、でもあまり成果を上げられなかったみたいですね……。ニュースでは情報が漏洩していたとの報道もあったみたいです」
アレンからは今日の休みの理由を聞いていない。それこそただの風邪だったら連絡が来そうなので、機密情報で言えなかったと考える方が自然だ。
「じゃあ、アレンも一緒に再試だな!」
シンはレジスタンスに対する怒りの表情から一転、嬉しそうに目を輝かせる。レジスタンスは今のところ大きな被害を出す事件は起こしていないため、正直一般人にとっては馴染みがないという感じ。シンにとっても、目先の試験が最大の懸案であった。
「何言ってんのよ。アレンは普通に大丈夫でも、あんたもし再試験不合格だったら落第よ」
第一高校は授業ごとに一定以上の成績を残すと単位を得られ、一定数集めることで卒業することができる一般的な大学と同じシステムを取っている。逆に言うと、一定数の単位を取れない進級することができない。
「いや、最初の試験で落第なんてシャレにならん……」
現実を突きつけられたシンは再び悲壮感溢れる表情に戻り、かぶりつくようにノートに視線を戻す。無意味と思われつつも最後まで足搔いて、次の試験に臨んだ。
□ □ □
「試験終了〜」
シンは大きく伸びをして立ち上がる。三つの再試験を含め、全ての試験に何とか合格したシンはタブレットを取り出し、指を走らせる。一足早く終わっていたみんなはシンに合わせ、今日の夕方に試験の打ち上げを企画していた。
一人で教室の外に出て廊下を歩いていると、曲がり角から小さな少女が俯きながら飛び出してきた。互いに振り返ると、そこには見知った顔があったが、その瞳にはわずかに輝くものがあった。
「モニカ?」
モニカはバッと逃げ出そうとしたが、シンが手首を掴む。弱い力で懸命に振りほどこうとするが、当然逃げることはできない。
「俺で良かったら、話、聞くよ?」
二人は屋上に向かった。他には誰も生徒はおらず、グラウンドには部活動をこなす生徒たちが、懸命に走り回っている。太陽が少しずつ傾いてきていて、わずかに空はオレンジ色に変わっている。
しばらく風に打たれて、それからゆっくりとモニカは口を開いた。
「わ、わたし……、さっきマウスを殺してしまったんです……」
震える声を懸命に放り絞って話すモニカの目にはまだ涙が浮かんでいる。
その言葉の意味をシンは瞬時に理解することができた。
モニカ=ワーグナー、その苗字であるワーグナー家は、古くから王族に仕え、由緒ある家系である。そのワーグナー家が、不殺生を謳う宗教を信仰していることは有名なことだ。その教えを破ってしまったのである。
この学校には多様な育ちの人間がいる。それを改めて実感した。
「わたし、どうしたら良いのかわからないんです……」
シンは困惑した。宗教の重みは信仰していない人間には正直分からない。だが、モニカに話を聞くと言った手前、引き下がることはできない。そこでシンはモニカの話を聞くことにした。
「モニカは、どうしてそんなに殺したくなかったんだ?」
「……私は、将来人を救うことができる化学者になりたいのです。今はエレメントを武器や兵器として使っています。でも、私はそんな使い方、嫌です……」
「そっか。すごく素敵な考えだと思うよ」
シンの笑みにつられてモニカも微笑む。
「だけど……」
宗教のことなんて分からない。でも、分かることだってある。
何かを信じることは強いということ。だから、答えるべき方向は見える。
シンは意を決して真剣な表情でモニカに語りかける。
「俺はこの先、何人もの人を殺すだろう。人を……、だ」
少し間を置いて、続ける。少しだけ言葉を選びながら。
「でも、それはこの戦争を終わらせるためだ。このままの勢いでいけばそう遠くない未来、世界は統治されて戦争は終結する。だから俺が人を殺すことができるのは、その先にもっと多くの命を守れると信じているから。だからもっと強くなるしかないんだ。できるだけ早く戦争を終わらせて、少しでも多くのその先の命を守るために」
「強く、ですか?」
シンは小さく頷いて、はっきりと答える。
「弱い者には、生かすも殺すも選べない」
それだけは分かる。過去から未来永劫の、不変の真実だ。
「モニカもその失ってしまった命を無駄にしないために成長して、もっと多くの命を守れるようにならなきゃいけないんだよ。そして俺の目標の実現には、きっとモニカが必要なんだ。
そう言ってモニカの頭をポンポンと軽くと、モニカはシンを見上げ、パッと笑顔になった。「強い……ですね。シンさんは」
もうモニカの涙は消え去っていた。
「シンさん、私が入学初日になぜ話しかけたのか、分かりますか?」
突然のモニカの質問にシンはきょとんとする。だが、確かにシンがどこかで気になっていたことだ。人見知りのモニカが、なぜあの日シンに話しかけられたのか。
「私の家の宗教、『プローム教』は火の神プロメテウスを信仰している宗教です。町の神殿には永遠に消えない炎があって、その炎に毎日お祈りをします。でも、私はどこかで『プローム教』を信じきれないところがありました。だから、火が苦手だったんですよ」
モニカが空を見上げ、風でなびく横髪を耳にかける。
「でも、入学試験の時のシンさんの炎は、とても暖かかったんです」
シンはついつい笑ってしまう。
「お前、炎は熱くなきゃダメだろ」
「それもそうですね」
モニカもつられて笑みをこぼした。モニカは何か言おうとしたが、言葉を飲み込んだ。二人で並んで地平線に沈んでいく太陽を眺める。
「それじゃあ、打ち上げ行こうか?」
「はい!」
夕焼けは赤みを増しながら斜陽が鮮やかに二人の横顔を照らす。
「そうそう、俺、再試験全部合格したぞっ!」
「本当ですか〜?」
「なんで信じてくれないんだよぉ〜」
二人の笑い声が部活動の掛け声に混ざり合っていた。
日常編終了です。別に平和な日常が終わるわけではないですが、ここからバトルが増えます。
元素能力同士の能力バトルをお楽しみください。どんどん仲間たちも増えていきます。




