2.5 風紀の乱れは心の乱れ
あらすじ
風紀委員に加入したシン。学校の安全を守る日々が始まった。
『事故発生。物理部――場所は技術室や』
『了解です。すぐに向かいます』
風紀委員の仕事は突然やってくる。見回り中に事件や事故と遭遇することは稀で、ほとんどが通報から動き始める。
偶然、授業の移動教室に近かった技術室にシン・アレン・リアの三人が駆け付けた。
技術室の中に入ると、白い煙が立ち込めていた。その奥、教室の中央には赤熱したロボットが目に入る。
制御ミスによるロボットの誤作動と暴走化。早急に止めなければ被害が出る。
「危険だ! 早くここを離れて!」
わたわたと慌てふためく技術部員にアレンが声をかけ、リアが誘導。まず人の安全を第一に確保する。
中央のロボットにはコンロのようなものがついていた。アレンがすぐさま酸素を操作して消火する。
だが、既に高熱に熱された金属を冷やすことはできない。
瞬間、ロボットが破裂するように爆散した。その勢いで数多くの部品が弾け飛ぶ。
アレンはぎりぎりのところで双刀で防御態勢を取る。大きな部品はなんとか小太刀で斬り払った。ボルトやワッシャーのような小さな部品は受け切れなかったが、大きな怪我はない。
しかしその視線の先、そこにはリアの方向に向かう大きな破片が。
その刹那、銀色の壁がリアの前に出現した。弾丸のようなその無数の破片を完全に受け止めた。
アレンによる無詠唱の銀生成。彼の得意とする分野だ。
リアは驚きでへたりと座り込む。アレンはリアの元に駆け寄りながら水道の蛇口を捻る。
そして、リアの手を取った。
「水素生成!」
蛇口から出ていた水を操作して、ロボットに雑に振りかけた。ジュウという音と共に白い湯気が立ち昇ったところで、アレンがロボットを覆い囲うように分厚い銀を生成する。
次第に音も湯気も勢いを弱め、なんとか事態を収束させることができた。
「や~お疲れさん、三人とも」
少し遅れてやってきたハイナーが、三人をねぎらう。奥ではリンデとテレシアが事情聴取などの事後処理を行なっていた。
「全自動流しそうめん器なんやって、これ」
そう言われてみると、茹でるためのコンロと鍋、細い流し台のような部分もあったような気がする。
「ええ……? そんなもんのためにこんな……」
「で、でも、けが人が出なくて良かったです!」
「君が一番危なかったけどね、リア」
監視カメラによる映像を確認しているところで、ハイナーが考えるように顎に手を当てた。
「しかし、やっぱりシンの剣術は特殊やな」
「特殊?」
そのやり取りをアレンが興味深そうに聞いていた。
「古流剣術は大きく4つの流派に分類されんねん。そこから枝分かれして細分化されてる。けど、その4つは元は1つの剣術から派生したんや」
現代で知られている古流剣術は、朱式・青式・白式・玄式の4つ。それは剣術を学ぶ者ならば誰でも知っている知識だ。
だがここからは、剣術や歴史に詳しいアレンでも知らない話。
「古式。その特徴は受けにある。古流の剣術は人を斬る技術じゃあないねん」
シンもアレンも、驚きを隠しきれない。より感情をあらわにしたのは、アレンの方だった。
「ちょっと待ってください。では、現代の剣術というのは……」
小さく頷いて、ハイナーは答える。
「ああ、殺しの技術を体系化したのが、現代剣術や」
ハイナーはシンに剣を突き出してみるように告げた。シンがハイナーに剣を向けると、彼は剣を巻き取るようにして軌道をずらし、逆にシンの首元に剣先を突き付ける。
「こんな感じにな。だが、シンの剣術にはそういったものがない。明らかに殺しの剣術や」
「ということは……」
アレンとハイナーが少しずつ結論に近づいていく。シンを一人だけ置いてけぼりにして。
「アレン、お前がシンを古流の使い手だと認識した時のこと、覚えとるか?」
シンと初めて剣を交えた時、すなわち、入学試験の時だ。
「はい、明らかに現代剣術にある型じゃなかった。でも、明確に体系化された技術がありました。だから、古流剣術だと……」
「せやな、ワシも一緒や。つまり――」
古流剣術は長い歴史ゆえ枝分かれが多く、見たことも聞いたこともない流派が多く存在する。だから、二人はそう錯覚した。
いわば消去法。
ゆえに、そこの違和感を解消すれば、自ずと二人は同じ結論に辿り着く。
「シンの剣術は現代になって体系化された、現代剣術とは全く別の流派」
それを聞いたシンの脳裏に浮かぶのは師匠だ。
彼の剣術は師匠からしか教わっていない。剣術のルーツのようなものは聞いたことがなかった。
師匠はどんな経緯を経て、この剣術を習得したのか。
今どこにいるのか分からないが、次に会った時には聞いてみようと心に誓った。
「ってちゃうちゃう、ワシが言いたいのはそこちゃうねん」
ハイナーが大袈裟にリアクションを取って、話を戻す。
「受けの選択肢がない、というのがシンの明確な弱点になっとるって話や」
盾を持たない二刀流。そして、受けの技術が存在しない流派の剣術。
最も痛いのは、非金属元素の能力者であるということ。
主流である金属元素の物理攻撃を受ける手段を、シンは何も持っていない。
だから、さっきもリアを守れなかった。
「戦争はただ一人で戦うわけやない。そろそろ対校戦に向けた準備も始まるんやろ? いずれ必ず突きつけられるで」
シンにとっては耳が痛い話で、どうしようもない事実。
「お前がどんな戦士になるのか、っちゅう問いを」
それをハイナーは、前もって伝えているだけだった。
□ □ □
キラルス第一高校には大きな学生寮が存在する。生徒の八割近くがこの学生寮で生活している。四つの校舎の内、東棟を丸々学生寮として使っており、その真ん中の厳重な壁によって男子と女子が分けられている。女子が男子側に入るのは自由だが、男子が女子側に入ることは出来ない。なんとも不平等な世界である。
仲の良いメンツだと、アレンとモニカが通い組。それ以外は寮に住んでいる。
今は技術部の一件を解決して、シンとリアが寮へ帰るところだ。
「リアは金属元素による物理攻撃が押し寄せた時、どうしてる?」
「押し潰されます!」
「だよなあ」
非金属元素の能力者にとって、金属元素への対応は課題だ。
簡単なのは盾を持つことなのだが、攻撃力を落としてまで持つべきなのかは議論の余地がある。
守りは他の仲間に任せる、という割り切りだって無くはない。
日々、彼らはまだ見ぬ未来の姿を夢想する。そして、鍛錬する。
そんな話をしながら歩いていると、正面に買い物袋を持ったラウラが見えた。向こうもこちらに気付き、とことこと歩み寄る。
「あら、あなたたちも帰り?」
「ああ。自炊、しているんだな」
学生寮には食堂がある。自炊している者は比較的珍しい。
「まあ、趣味みたいなものよ。シンは?」
「……焼くのは得意だ」
それを聞いたラウラは、悪いことを思い付いた子供のような笑みを浮かべる。
「……そうだ、バーベキューやりましょうよ、シンの火で」
ラウラは買い物袋から大きな骨付き肉を取り出した。
「や、やりたいです!」
それを聞いたリアは、少年のように瞳を輝かせる。
なんと、買い物で引けるくじで2等のお肉セットを引き当てたらしい。本当は燻製にでもして保存できるように考えていたが、予定変更だ。
そうと決まれば動きは早く、ラウラはいつものメンツを呼び寄せた。アレンやモニカの通い組もまだ帰路についていなかったのは幸運。
アレンが銀の能力で網とそれを置くための台を生成する。お肉を網の上に乗せたところで、ラウラが呟いた。
「あ……そういえば炭とかがないわね」
それを聞いたシンは、けろっと答える。
「いや、要らないだろ。こういうのは地元でも結構やってた」
シンはライターを点け、酸素をコントロールしてその火を網の間に移動させる。できるだけ満遍なく火が通るように、均等に制御した。
その様子を見ていたアレンが、手を顎に置いて思い更けるように呟く。
「いや、この状況はおかしくないか……いや、今までもおかしかったのか」
周囲はその意図が分からない。
「燃焼には、有機物――炭素が必要なはずだ」
それを聞いて彼らは初めて、シンが普段から炭素を使わずに燃焼させていることに気付く。
あくまで空気を燃やすように、シンは炎を自在に操っている。ラウラが問い詰める。
「どういうこと、シン⁉︎」
「お、俺も分からんって!」
普段は静かなフリードが、一歩前に出て口を挟む。
「燃焼は必ずしも炭素がないといけないわけじゃない。硫黄とかナトリウムも燃えるはず」
「そうか……要は酸化還元反応によるエネルギーが充分高ければ燃焼は起こる……もちろん反応速度も速い必要はあるが……」
「で、でも、このあたりには空気しかないです……」
モニカの言う通り、シンは大気中で炎を持続させている。
議論は袋小路。そう思われた瞬間に、アレンが閃いた。
「オリジンか」
それを聞いたラウラとフリードが何かを察し、それ以外はまるで分からないまま。
「酸素がオリジンに戻る瞬間のエネルギー差を使って、燃焼を起こしているってこと?」
「オリジンは全ての元素が量子論的に分布したもの、とされている……そういうことができても不思議ではないかも……」
炭素を燃焼させる時には、炭素のエネルギー+酸素のエネルギーと、二酸化炭素のエネルギーの差分だけエネルギーが放出され、それが火となって現れている。
元素を生み出すためのオリジンはそれぞれの元素よりもエネルギーが小さく、酸素とのエネルギー差が存在するのは確かだ。
「だが、そんな技術は聞いたことがない。これはあくまで仮説だ」
そう、シン自身も感覚でやっていることに、確かな理論を当てはめることはできない。
「エレメントって、奥深いんだな……」
と、シンが他人事のように思うのも無理はなく。
ちょうどお肉が良い感じに焼けて、彼らはそれに舌鼓を打つだけであった。




