2.4 鮮烈洗礼
あらすじ
勉強に訓練、そんな日々を過ごすシンに怪しげな影が忍び寄る。
その日、シンは難しい顔をしていた。眉には深いしわが刻まれ、何やら遠くを眺めている。
今は最後の授業である5限の必修科目である元素結合操作の授業がちょうど終わったところだ。
「何を考えているのでしょうか?」
「さあ?」
左側でリアとラウラが顔を見合わせて小声で話す。
「きっと何か大変なことでもあったのです!」
その言葉にモニカも反応し、会話に混ざる。
「た、大変なことですか⁉︎」
「確かにかなりヤバイ案件かもしれないわね……」
「た、例えば?」
リアが真剣な瞳で静かに答える。
「暗殺者に狙われているとか……」
「あ、暗殺者ですか⁉︎」
「学校の爆破予告が来たとか!」
「ば、爆破予告⁉︎」
すると、くるりとシンが体を四分の一回転させて尋ねた。
「お前たち、部活はもう決めたのか?」
輪になっていた三人が揃って、崩れ落ちる。
「なんてしょうもないことで悩んでんのよ!」
「ええ⁉︎ そんなに怒ることか⁉︎」
「な、なんだか勝手にハードルが上げてしまっていましたね……」
「で、どうなんだよ?」
少し間を置いて、アレンとフリードを含めた五人が一斉に頷いた。
「マジか! 決まってないの俺だけかよ⁉︎」
「だってもう週末には仮入部期間終了よ。あと今日含めて3日じゃない」
「む〜、そうなんだけどさ〜。これと言ったのが見つからなくてなぁ。ちなみに皆は何部に入部するんだ?」
まずはラウラが答える。
「私はテニス部と写真部の兼部よ。モニカは?」
「わ、私は運動は苦手なので、科学部に。フリードさんは確か……」
「……弓道部」
次にリアが答えようかというタイミングで、アレンが口を挟んだ。
「シン、そのことは心配しなくても良い。おそらくもうすぐ来ると思うんだが……」
その時、シンは背筋にゾッとしたものを感じた。そしてそれは一時的なものではなかった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!」
ヌルヌルとしたゼリーのようなものが背中と服の間に入り込み、小刻みに動く。それは脇の下から前にも進出してきて胸や腹を撫で回す。
シンは言葉にならない悲鳴と共にばっと立ち上がり、前転をしながら飛び退く。長刀を一瞬で引き抜くとともにシンはその正体を初めて確認した。
色は銀。教室の地面に撒き散らされたその物質は、饅頭のような綺麗な丸を作っている。光沢を持っており、次第に一箇所に集まり出した。スライムのようなその塊は一度グッと沈み込むと、シンに勢いよく襲いかかった。
「うおっ!」
咄嗟にシンは長刀で斬り払う。しかし、左右に分断されたゼリー状の物体は壁に張り付き、シンの体の方へ跳ね返ってきた。再び体を包み込まれたシンは全力で駆け出す。教室のドアを勢いよく開き、体についた物体を手で払い落としながら廊下を疾走する。
シンはその半液体の物質の正体をようやく認識した。
水銀。常温・常圧で凝固しない唯一の金属。
全ての水銀を払い落とし、さらに加速したシンを待ち受けていたのは、黄褐色の煙だった。廊下に充満したその煙の中を左手で鼻と口を押さえながら低い体勢で一気に駆け抜けるが、わずかに鼻が刺激臭を感じ取る。
「(今度は硫黄か⁉︎)」
シンは咄嗟に煙のない方へ進路を変更し、上り階段を走った。一つ上の階に到着すると、その上への階段は既に煙が充満している。
誘導されている。明確にそう感じ取った。
だが、それを拒否する権利はなさそうだった。その階の煙がない廊下をゆっくりと歩く。その階に人の姿はなく、閑散としていた。廊下のちょうど真ん中まで歩くと、一つの部屋のドアが空いていた。
電気は点いておらず、カーテンの隙間を陽の光がわずかに差し込むだけ。部屋の中には大きなテーブルとその奥にデスクがあり、周りには多くの本棚と書類が綺麗に整頓して並べられていた。テーブルの右側は大きく空間が空いており、大きなソファにタオルケットがかかっている。
「ここは……?」
瞬間、シンは僅かに人の気配を感じる。その直後、シンの前方、低いところから煌めく残像がシンを襲った。シンは下げていた右腕を上に引き上げるとともに、大きくバックステップをしながら長刀でそれを弾き飛ばす。よく見ると、それは銀色の細身の刀だった。
「へぇ、これを受けるんか。ああ、そういえば自分も古流の使い手やったなぁ」
聞き慣れない方言。声が聞こえたのはシンの後ろからだった。
「(馬鹿な、いつの間に後ろに⁉︎)」
振り返ると同時にシンは突き飛ばされる。膝を深く曲げ、相手の方に正対して刀を構えた瞬間、再び声が後ろから聞こえた。
「気に入ったわ」
今度は全く反応することができずに吹き飛ばされた。ちょうどそこにあったソファに背中を打ち付け前を見ると、そこには一人の笑顔の男が立っており、ちょうどそのタイミングで二人の女性が部屋に入ってきて、声を合わせてはっきりと告げた。
「ようこそ、風紀委員会へ」
□ □ □
「ほな、まずは簡単な自己紹介といこか?」
シンは椅子が向かいに3個ずつ配置された大きなテーブルの壁側の真ん中に座らされた。対面には風紀委員の三人が座っている。先輩と思われる三人を前にして、やや威圧感は感じるが、相手は皆笑顔でこちらを見ている。
「わいは風紀委員長をやっているハイナー=ボッシュや。クラスは3ーA、能力はコバルト(Co)や。流派は古流剣術の玄正流を使うてる。自慢やないが1、2年は首席をもろとるで」
正面に座るハイナーは鈍色の短髪にキリッとした瞳で体の線は細い。身長も特別高いわけではなく、シンは首席という言葉に驚いた。話し方も独特で掴み所がないというような第一印象を受ける。
「私は副委員長をしているテレシア=バラールよ。気軽にテレシアって呼んでね。クラスは2ーAで、能力は水銀(Hg)よ。しかし、あなた細い割にいい体してるじゃない。ちょっと気に入っちゃったわぁ」
シンは先ほどの体を舐めまわされたような感覚が蘇り、顔を引きつらせる。
左に座るテレシアは黒髪のロングヘアーで厚めの唇を持ち、なんだか艶かしい雰囲気を醸し出している。シャツの胸元が大きく開いており、そこからダイナマイトな谷間が覗いている。2年生というのが未だに信じられない。
「それじゃあ、私が最後ねっ。私はリンデ=フリッシュよ。私もリンデでいいわっ。能力は硫黄(S)よ。あとは……、何を言えば良いんだっけ? まぁ、とにかく宜しくねっ!」
右側に座る小柄な女性は土色のツインテールに大きな瞳が特徴的で、見るからに元気一杯である。そう言えば何年生か説明されていないな、とシンは思い質問する。
「ええと、リンデさんは2年生? あれ、もしかしてタメ?」
するとリンデは下を向き、プルプルと震える。
「わ、た、し、は! 3年! 見れば分かるでしょ!」
「ええっ!!!」
シンは驚きを隠せなかった。上履きの色を見ると、確かに3年生の色をしているが……
「ふははは、また言われとるで、リンデ。しかし1年と間違われるとはなぁ」
「リンデちゃんはロリっ子ですからぁ」
「ちょっとテレシア! ちゃんはやめなさいって言っているでしょ!」
リンデは涙目で叫んでいる。シンはなんだか申し訳なくなった。
「あの、そろそろ説明を……」
「せやせや、リンデちょっと黙っとれ〜。風紀委員は端的に言うと、校内のエレメントを取り締まる役割やな。喧嘩や部活動などで規定に違反するエレメントの使用者に対し、罰則を与えるんや。まあそんなこんなで時には実力行使になることもあるから、腕っ節の強い1年生を紹介してもらってん。生憎うちらは3年が2人、2年が1人しかおらんから世代交代に窮しておるんや」
「紹介って誰にですか?」
「何や、自分知らんかったんかい。ああ、ちょうど来たようやな」
ドアから入って来たのはアレンとリアだった。リアは笑顔、アレンはすまし顔だ。
「この二人は既にウチに入ってくれたで」
「アレン、テメェなぁ……」
「まぁいいじゃないか。この風紀委員は当時エレメントの制御ができない人が多かったことからゼルギウスが作った委員会らしいぞ。君の尊敬する王のね」
ゼルギウスという言葉に、シンの苛立ちは引っ込む。
改めて部屋を見渡した。ここでゼルギウスが学生時代を過ごしたということを知ると、何だか不思議だ。
彼はどんな学生生活を送っていたのだろうか。
そんな感慨に浸っていると、おもむろにアレンが口を開いた。
「で、シンは合格なんですか?」
それを聞いたハイナーはけらけらと乾いた笑いをこぼす。
「ええんちゃうか? 粗削りだけど、伸びしろがありそうや。合格合格」
「ご、合格……?」
どうやら、審査が行われていたらしい。 ここまで連れて来られた一連の戦いは、シンの力を把握するようなものだったようだ。
「わたしはコイツ認めてないけど!」
リンデはまだ1年生と間違われたのを気にしているが。
「な、なんでわざわざそんなことを……?」
純粋な疑問をハイナーにぶつけると、彼は少し重い口調で答えた。
「この学校を――全校生徒の日々の安全を守るには、この学校で一番強い組織じゃないとアカンねや。そうじゃないと、いざという時に対応できへん」
この学校で一番強い。その言葉がシンの胸に刺さる。
ハイナーは2年連続で主席。厳密に比較されたことはないが、世代最強格のアレン。
高い野望と抱くシンにとって、願ってもない環境であることは定か。
「分かった。俺も風紀委員に入る」
その決断を分かっていたかのように、ハイナーは素早く右手を差し伸べた。
「よろしゅう、シン。風紀委員として――そして先輩として、色々叩き込んだるわ」
始まりとしてはやや強引な形だったが、シンはアレン・リアと共に風紀委員に加入することになった。




