【第11章】第7話「春の空」
卒業式から数週間が過ぎた。
校庭の桜は少しずつ花を開き始め、新しい制服に身を包んだ生徒たちが校舎を行き交っている。
春だった。
新年度。
透真たちも進級し、高校三年生になっていた。
放課後の部室には、去年までとは少し違う空気が流れている。
和希と昴はいない。
窓際の席を見るたびに思い出すことはある。
それでも、不思議と寂しさばかりではなかった。
透真は部室の机に広げた紙へ目を落とす。
新入部員募集ポスター。
今年も新しい部員を迎える季節がやってきたのだ。
「これでいいかな」
透真が振り返る。
「いいと思います」
伊織が頷いた。
「去年より見やすいですね」
紬も微笑む。
「写真も入れたしな」
裕翔が言う。
文化祭。
観測会。
イルミネーション。
去年一年の活動写真が並んでいる。
夕花はその中の一枚を見つけて笑った。
「これ懐かしい」
そこには冬の観測会の写真が写っていた。
透真も思わず笑う。
「本当だ」
こうして見ると、あっという間の一年だった気がする。
いや。
二年だった。
天文部へ入った日。
初めてみんなと星を見た日。
夏合宿。
文化祭。
後夜祭。
冬の観測会。
卒業。
たくさんの時間が積み重なって今がある。
「貼ってくる」
透真はポスターを手に立ち上がった。
「いってらっしゃい」
夕花が手を振る。
部室を出て廊下を歩く。
窓の外には柔らかな春の光が広がっていた。
透真はふと足を止める。
一昨年の春。
自分もこの校舎を歩いていた。
どこか居場所がなくて。
ただ空ばかり見上げていた。
そんな時に見つけたのが天文部だった。
あの日、扉を開けていなければ今はなかったかもしれない。
透真は小さく笑う。
そしてポスターを掲示板へ貼った。
『天文部 新入部員募集』
その文字を見ながら、少しだけ楽しみになる。
今年はどんな人が来るのだろう。
放課後になり、部室へ戻る。
しばらくすると扉が控えめにノックされた。
「失礼します」
聞き慣れない声だった。
みんなが顔を上げる。
そこに立っていたのは、一年生らしい男子生徒だった。
少し緊張した様子で部室の中を見ている。
透真は思わず立ち上がった。
その姿が、どこか昔の自分と重なる。
一昨年の春。
自分もこの学校へ入学したばかりだった。
どこか居場所がなくて。
休み時間になると空ばかり見上げていた。
そんなある日。
屋上で和希に出会った。
『天文部来る?』
あの時のことは今でも覚えている。
何気ない誘いだった。
でも、その一言が全部の始まりだった。
天文部に入った。
みんなに出会った。
たくさん笑った。
たくさん星を見た。
もしあの日、和希に出会わなければ。
今の自分はいなかったかもしれない。
透真は小さく笑う。
そして目の前の新入生を見る。
「天文部に興味があって……」
少し不安そうな声だった。
きっと自分もこんな顔をしていた。
透真は自然と口を開く。
「天文部来る?」
その言葉に、新入生が少しだけ目を丸くした。
部室のみんなも思わず透真を見る。
誰も何も言わない。
でも。
裕翔は少し笑っていた。
伊織も気付いたように目を細める。
夕花と紬も顔を見合わせる。
琉衣だけが少し首を傾げていた。
透真自身は気付いていない。
今の言葉が、かつて和希からもらった言葉だったことに。
「見学だけでも大丈夫だよ」
透真が続ける。
「みんな優しいし」
「それ、自分で言う?」
裕翔が笑った。
部室に小さな笑い声が広がる。
緊張していた新入生も少しだけ表情を緩めた。
☆
新入生との話が終わり、
透真たちは部室へ戻ってきた。
「見学来てくれるかな」
「来るんじゃね?」
そんな話をしていると、
神代先生が部室へ顔を出した。
「勧誘はどうだった」
「一人、興味持ってくれました!」
透真が嬉しそうに答える。
神代は小さく頷いた。
「そうか」
それだけ言って去ろうとして、
ふと足を止めた。
透真を見る。
部長として部を引っ張る姿。
後輩たちと笑う姿。
そして、
かつて屋上で星を見上げていた一年生だった姿。
全部を知っている。
神代はほんの少しだけ口元を緩めた。
「良い部長になったな」
透真は一瞬きょとんとして、
次の瞬間ぱっと笑った。
「ありがとうございます!」
神代はそれ以上何も言わず、
静かに部室を後にする。
☆
窓の外では夕方の空がゆっくり色を変え始めていた。
空。
星。
仲間。
その全部が繋がっていく。
時間は流れる。
人は変わる。
卒業もある。
別れもある。
それでも。
大切なものは確かに残っていくのだと思う。
その日の活動が終わる頃には、窓の外はすっかり夜になっていた。
みんなが帰り支度を始める中、透真は一人だけ窓際へ歩く。
夜空にはいくつもの星が輝いていた。
和希。
昴。
そして、これまで出会ったたくさんの人たち。
思い出す顔はどれも温かい。
透真は静かに空を見上げる。
そして少しだけ笑った。
「大丈夫です」
小さな声だった。
けれど迷いはなかった。
「ちゃんと続いてますから」
夜空の向こうへ届くように。
そうして今日もまた、星は静かに輝いていた。
――END――
読んでいただきありがとうございます!
ー
次回のエピローグを最後に完結となります。




