【第11章】第4話「卒業式前日」
卒業式前日の放課後。
部室には穏やかな時間が流れていた。
三月の陽射しは少しずつ春らしくなり、窓から差し込む光も冬の頃より柔らかい。明日はいよいよ卒業式だというのに、誰もその話題を積極的に口にしようとはしなかった。
代わりに話していたのは、これまでの思い出だった。
「見てこれ」
夕花がスマホを差し出す。
そこに映っていたのは、夏合宿の写真だった。
「懐かしい!」
透真がすぐに身を乗り出す。
海の近くで撮った集合写真。
肝試しの後に撮った少しぶれた写真。
花火を持って笑っている写真。
次々に表示される写真を見ながら、部室には自然と笑い声が広がった。
「この時めちゃくちゃ暑かったよな」
裕翔が言う。
「暑かったですね」
伊織も頷く。
「でも楽しかった」
紬が笑うと、夕花も大きく頷いた。
「合宿は本当に楽しかった!」
その後も写真は次々と変わっていく。
文化祭。
プラネタリウム。
浴衣姿の後夜祭。
イルミネーション。
冬の観測会。
スマホの中には、この一年の思い出がたくさん残っていた。
「文化祭もすごかったよね」
透真が言う。
「天文部のプラネタリウム、めちゃくちゃ人来たし」
「透真、ずっと走り回ってたな」
和希が笑う。
「そうだったっけ?」
「そうだった」
今度は昴まで頷いた。
透真は少しだけ照れたように笑う。
写真を見返していると、つい最近のことのはずなのに、どれもずいぶん前の出来事のように感じられた。
それだけ濃い一年だったのだろう。
ふと、和希がスマホの画面を見ながら言った。
「なんかさ」
みんなが顔を上げる。
和希は少し笑った。
「透真も大きくなったね」
一瞬、部室が静かになる。
そして。
「親か」
薫が即座に突っ込んだ。
部室に笑い声が広がった。
「確かに」
裕翔も吹き出す。
「そんなつもりないんだけどなあ」
和希は苦笑する。
それでも視線はどこか優しかった。
「だって入学したばっかりの頃なんて、職員室の場所聞かれただけで緊張してたじゃん」
「やめてください!」
透真が即座に抗議する。
「本当のことだろ」
「本当ですけど!」
さらに笑いが起きる。
和希は楽しそうに続けた。
「最初は人と話すのも得意じゃなさそうだったし」
「星の話になると急に止まらなくなるし」
「放っておくと一人で空見てるし」
「ちょっと和希先輩!」
透真の抗議に、夕花たちも笑う。
どれも否定できない話だった。
和希はそんな透真を見ながら、ふと入学した頃を思い出していた。
春。
まだ制服も新しかった頃。
どこか居場所がなさそうで、それでも星の話をする時だけは楽しそうだった後輩。
あの頃の透真は、自分が部長になるなんて想像もしていなかっただろう。
でも今は違う。
観測会の計画を立てて。
後輩をまとめて。
みんなの中心に立っている。
無理をしているわけじゃない。
透真らしいまま、少しずつ成長してきた。
「それが今は部長だからね」
和希は静かに言った。
「観測会もまとめてるし、後輩たちもちゃんと見てるし」
少しだけ目を細める。
「大きくなったなあって思うよ」
今度こそ。
透真は何も言えなかった。
照れくさい。
恥ずかしい。
でも。
少しだけ胸が熱かった。
「だから親か」
薫がもう一度言う。
今度は部室中が笑った。
和希も笑う。
透真も笑う。
けれど、その笑い声の奥には少しだけ寂しさが混じっていた。
明日になれば卒業式だ。
和希と昴が、この学校を巣立っていく。
それでも。
こうして笑い合える時間があることが嬉しかった。
「でも」
和希が続ける。
「透真だけじゃないよな」
その言葉に、今度はみんなが顔を上げた。
「夕花も紬も頼もしくなったし、裕翔たちもすっかり先輩になったし」
「俺ら?」
裕翔が少し驚く。
「うん」
和希は頷いた。
「だから安心して卒業できる」
部室が少しだけ静かになった。
照れくさいような。
嬉しいような。
そんな空気が流れる。
昴は何も言わなかった。
ただ静かにみんなを見渡し、小さく目を細める。
その表情だけで十分だった。
外を見ると、夕暮れの空がゆっくりと夜へ変わり始めていた。
明日になれば卒業式。
和希と昴が制服を着て、この学校を巣立っていく。
寂しくないと言えば嘘になる。
それでも。
透真は思う。
この一年を一緒に過ごせてよかった。
そう思える思い出が、スマホの中にも、この部室にも、たくさん残っていた。
誰からともなく片付けを始める頃には、窓の外に一番星が見えていた。
透真はその光を見上げながら、明日が少しだけ特別な日になることを静かに感じていた。
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