【第11章】第3話「最後の観測会」
卒業式を数日後に控えた金曜日の夜、天文部は卒業前最後の観測会を行うことになった。
冬の終わりが近付いているとはいえ、夜の空気はまだ冷たい。それでも空はよく晴れていて、星を見るには絶好の条件だった。
観測場所へ向かう途中、透真は参加者の確認をしながら歩いていた。
「全員いる?」
「います」
琉衣がきっちりと返事をする。
「機材も大丈夫」
裕翔が望遠鏡のケースを軽く叩きながら言った。
「星図も持ってきたよ。予備もあるから安心して」
伊織が資料をひらりと見せる。
透真はほっとしたように頷いた。
「ありがとう」
☆
その様子を少し後ろから見ていた和希が、隣を歩く昴へ小さく笑いかける。
「ちゃんと部長やってるね」
どこか感心したような声だった。
昴は前を見たまま答えなかった。
ただ、その視線は自然と透真へ向いていた。
観測場所へ着くと、みんなは慣れた様子で準備を始める。
透真が指示を出す前に、それぞれが自分の役割を理解して動いているのは、冬の観測会を経験したからだろう。
それでも最後の確認だけは透真が行った。
「赤道儀大丈夫?」
「問題ない」
裕翔が即答する。
「望遠鏡も準備できた」
薫は必要なことだけを簡潔に告げた。
「記録用紙もあります。筆記具も確認済みです」
伊織が抜け漏れなく続ける。
透真は満足そうに笑った。
「よし」
その笑顔を見て、紬も夕花も自然と微笑む。
去年の春、天文部へ入ったばかりの頃は、何をするにも遠慮がちだった。
今は違う。
部長としてみんなの中心に立ちながら、それでも自分らしさを失っていない。
観測会が始まると、透真はいつものように星を見上げた。
「見て」
その一言に、みんなが自然と空を見上げる。
「冬の大三角、まだ綺麗に見える」
透真の声は隠しきれない嬉しさで弾んでいた。
「あとあれ。オリオン座」
「本当だ」
夕花が素直に頷く。
「今日はよく見えるね。輪郭がはっきりしてる」
紬も楽しそうに夜空を見上げる。
透真は嬉しそうに笑った。
星の説明をしている時の透真は昔から変わらない。
好きなものを見つけると、それを誰かと共有したくなる。
だからみんなも自然と空を見上げるのだ。
少し離れた場所では、和希と昴が並んで夜空を眺めていた。
「覚えてる?」
和希が言う。
「最初の頃」
昴は小さく頷く。
もちろん覚えている。
初めて部室へ来た日の透真。
星の話になると止まらなくて、でも人と話すのは少し苦手そうだった後輩。
その透真が今はみんなの中心に立っている。
「なんかさ」
和希が笑う。
「安心した」
肩の力が抜けたような言い方だった。
昴は何も言わなかった。
けれど胸の奥では、そうだな、と静かに同意していた。
その沈黙が答えだった。
観測会は穏やかに進んでいく。
望遠鏡を覗く人。
星図を広げる人。
お菓子を分け合う人。
みんな思い思いに過ごしていた。
その中心には透真がいる。
無理に引っ張るわけではない。
でも自然と人が集まる。
和希はそんな光景を見ながら思った。
部長になったのは透真でよかった。
透真らしいやり方で、ちゃんとみんなをまとめている。
そう思える。
☆
さらに少し離れた場所では、神代先生が腕を組んで空を見上げていた。
文化祭。
部長引き継ぎ。
冬の観測会。
そして今日。
透真が戸惑いながら進んできた姿をずっと見てきた。
書類の出し方が分からず職員室へ来た日もあった。
部長の仕事の多さに頭を抱えていた日もあった。
それでも投げ出さなかった。
仲間を頼りながら、一歩ずつ前へ進んできた。
神代先生は小さく息を吐く。
そして、楽しそうに夜空を見上げている透真を見た。
良い部長になったな。
教師としての率直な実感だった。
心の中でそう呟く。
声には出さない。
きっと言えば照れるだろう。
☆
観測会の終わりが近付き、みんなで片付けを始める。
「今日は楽しかったね」
夕花が明るく笑う。
「うん」
紬も頷いた。
「最後にみんなでできてよかった」
伊織の言葉には、記録には残らない時間を大切にするような温かさがあった。
全員が頷く。
透真も夜空を見上げる。
冬の星たちは相変わらず綺麗だった。
でも今は、それ以上に隣にいるみんなの存在が嬉しい。
卒業まで、あと少し。
別れは近付いている。
それでも不思議と寂しさだけではなかった。
受け継いだものがある。
続いていくものがある。
みんななら大丈夫だ。
そして自分も前へ進める。
透真はそう思いながら、静かに星空を見上げていた。
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