【第11章】第2話「春を待つ」
三月に入り、少しずつ寒さが和らぎ始めていた。
放課後の部室には柔らかな西日が差し込み、窓際の机を淡く照らしている。
冬が終わろうとしていた。
「もうすぐ卒業式か」
裕翔が何気なく呟く。
「早いね」
夕花も窓の外を見ながら頷いた。
合格発表が終わってから数日。
和希も昴も無事に進路が決まり、卒業式まであとわずかになっている。
「先輩たち何してるんだろ」
透真が言う。
「遊んでるんじゃね」
裕翔が笑う。
「受験終わったばっかりだもんね」
伊織も微笑んだ。
そんな話をしていた、その時だった。
部室の扉が開く。
ガラッ。
みんなが自然とそちらを向く。
そして。
「ただいま」
聞き慣れた声だった。
一瞬。
誰も言葉を発さなかった。
そこに立っていたのは和希だった。
そして、その後ろには昴もいる。
冬の間、何度も名前を聞いた。
LINEもした。
イルミネーションも一緒に見た。
でも。
部室で会うのは久しぶりだった。
透真が最初に立ち上がる。
「おかえりなさい!」
その声に、部室の空気が一気に動いた。
「先輩!」
「久しぶりです!」
「来た!」
夕花も紬も笑顔になる。
伊織も自然と微笑み、裕翔と薫は「やっと来たな」と笑った
「そんな久しぶりでもなくない?」
和希が苦笑する。
「お久しぶりです」
琉衣が真顔で言った。
「厳しいなあ」
和希が笑う。
昴はそんな様子を見ながら、小さく息を吐いた。
「騒がしいな」
「先輩たちが来たからですよ」
透真が即答する。
その返事に、昴は少しだけ目を細めた。
部室には自然と席ができていく。
和希はいつもの窓際へ。
昴もいつもの席へ。
誰も決めていないのに。
まるでずっとそこにいたみたいだった。
透真はその光景を見ながら思う。
やっぱりしっくりくる。
「大学始まるまで暇なんですか?」
夕花が聞く。
「暇ではないかなあ」
和希が笑う。
「入学準備とかあるし」
「昴先輩は?」
「書類が多い」
即答だった。
部室に笑いが広がる。
「昴先輩っぽい」
透真が笑う。
しばらく近況報告が続く。
大学の話。
新生活の話。
引っ越しの話。
そのどれもが少しずつ未来へ向かっている話だった。
卒業。
その言葉が少しずつ現実味を帯びていく。
そんな中で、透真がふと思い出したように顔を上げる。
「そうだ」
みんなが見る。
「卒業前に観測会するのはどう?」
部室が静かになった。
☆
透真は続ける。
「最後にみんなで」
和希と昴を見る。
「先輩たちも一緒に」
その言葉に。
和希が少し笑った。
「いいね」
昴も小さく頷く。
「行く」
透真の顔がぱっと明るくなる。
「やった!」
「日程はいつにしようか」
伊織が言う。
「俺は大丈夫」
裕翔が答える。
「私も」
紬も続いた。
気付けば全員で予定表を囲んでいた。
卒業前。
最後の観測会。
それは誰かが言い出したわけじゃない。
でも。
きっとみんな同じことを思っていた。
もう少しだけ。
もう少しだけ、この時間を続けたい。
予定が決まり、話し合いが終わる頃には外は夕暮れ色に染まっていた。
窓から差し込む光は少し柔らかくなり、部室の中もどこか穏やかな空気に包まれている。
「観測会楽しみだな」
夕花が言う。
「最後だもんね」
紬も頷いた。
「晴れるといいな」
透真が窓の外を見る。
その横顔を見ながら、和希がふっと笑った。
「なんか不思議だな」
みんなが顔を上げる。
和希は窓際の席にもたれながら続けた。
「ついこの前まで後輩だと思ってたのにな」
少しだけ視線を透真へ向ける。
「もう部長だもんな」
透真は一瞬きょとんとした。
「え?」
「え、じゃないだろ」
裕翔が笑う。
「ちゃんと部長やってるじゃん」
「そうです」
琉衣も即答する。
「冬の観測会も成功したし」
伊織も頷いた。
「書類も頑張ってたよね」
夕花が笑う。
「部長大変って言ってたけど」
紬も続けた。
そこで。
薫がぽつりと言う。
「まあ」
みんなが見る。
薫は少しだけ肩を竦めた。
「ちゃんと部長やってると思う」
一瞬。
透真が固まる。
薫はあまり褒めない。
だからこそ重い。
「え」
「え、じゃない」
薫は少しだけ視線を逸らした。
「事実だろ」
透真は少し照れたように頭を掻く。
「みんなが助けてくれたからだよ」
その言葉に。
今度はみんなが少しだけ照れた。
和希はその様子を見ながら笑う。
「うん」
そして小さく頷いた。
「安心した」
透真は少し照れながら笑う。
春はもうすぐそこまで来ている。
それでも今だけは、もう少しこの時間の中にいたいと、透真は静かに思った。
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