【第10章】第9話「先輩達のいない冬」
一月の終わり。
冬の空気はまだ冷たいままだった。
放課後の部室には暖房の音が静かに響いている。
観測会も終わった。
イルミネーションも見に行った。
雪の日も過ぎた。
気付けば冬休みが終わり、新しい学期が始まっている。
そんな当たり前の日常の中で、透真は机に向かって資料を整理していた。
☆
「これで最後かな」
小さく呟きながらファイルを閉じる。
冬の観測会資料。
参加名簿。
保護者同意書。
活動記録。
そして。
昴から受け継いだ部長ファイル。
透真は何気なくその表紙を撫でた。
文化祭が終わった直後は、分厚くて難しそうな資料にしか見えなかった。
でも今は違う。
どこに何があるか分かる。
どの書類をいつ出すのかも分かる。
少しだけ。
本当に少しだけ。
部長らしくなれた気がしていた。
窓の外を見る。
空はもう夕暮れ色だった。
冬の太陽は沈むのが早い。
「もう冬なんだよね」
何気なく口にした言葉だった。
「今更?」
裕翔が笑う。
「もう一月終わるぞ」
「確かに」
夕花も頷いた。
透真は少し笑う。
確かにその通りだ。
でも。
今年の冬はあっという間だった気がする。
ふと視線を移す。
部室の奥。
窓際の席。
和希がよく座っていた場所。
昴がよく資料を読んでいた場所。
誰もいない。
最初はその光景を見るたびに寂しかった。
部室へ来るたびに違和感があった。
何かが足りない気がした。
でも。
今は少し違う。
空いた席はそのままだ。
そこへ二人が戻ってくることもない。
それでも。
天文部は止まらなかった。
観測会もやった。
部長の仕事も覚えた。
みんなで笑った。
みんなで星を見た。
続いている。
ちゃんと。
「透真先輩?」
琉衣が不思議そうに顔を覗き込む。
「どうかしましたか?」
透真は我に返った。
「ううん」
小さく笑う。
「なんでもない」
その時。
窓の外で風が吹いた。
夕焼けが少しずつ消えていく。
夜が近付いていた。
活動終了の時間になり、みんなが帰り支度を始める。
鞄を持つ音。
椅子を戻す音。
いつもの光景。
「じゃあ帰ろうか」
透真が言う。
全員が頷く。
部室を出る。
最後に残った透真は、いつものように部室を振り返った。
静かな部屋。
並んだ机。
空いた席。
最初は寂しかった。
でも今は違う。
「お疲れさまでした」
小さく呟いて電気を消す。
カチッ。
部室が暗くなる。
扉を閉める。
鍵をかける。
廊下の窓から夜空が見えた。
冬の星空。
澄み切った空。
透真は少しだけ立ち止まる。
和希先輩。
昴先輩。
心の中で名前を呼ぶ。
卒業まで、あと少し。
きっと春はすぐに来る。
それでも。
透真は静かに笑った。
「大丈夫ですよ」
夜空を見上げる。
「ちゃんと続いてますから」
その声は誰に聞かせるでもなく、冬の空へ溶けていった。
窓の外では星が静かに輝いている。
先輩たちが残してくれた場所も。
時間も。
想いも。
ちゃんと繋がっている。
そして天文部は、今日もまた同じ空を見上げていた。
読んでいただきありがとうございます!
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