【第10章】第8話「雪の日」
一月下旬。
朝から降り続いていた雪は、放課後になっても止む気配がなかった。
窓の外では白い雪がゆっくりと舞い落ち、校庭も中庭もすっかり冬景色になっている。
部室の暖房はついているものの、窓際は少し冷える。
透真は窓の外を眺めながら肩を竦めた。
「寒いねー」
「冬だからな」
裕翔が即答する。
「知ってる」
透真が少しむっとする。
そのやり取りに部室のみんなが笑った。
「でも去年よりちゃんと防寒してるよ」
透真は得意げだった。
「見て」
立ち上がって見せる。
マフラー。
手袋。
厚手のコート。
ネックウォーマー。
「完璧」
透真が胸を張る。
「確かに」
伊織が頷く。
「去年はひどかったもんな」
薫も真顔だった。
去年の冬。
透真は防寒をほとんど気にしていなかった。
そのせいで観測会のたびに寒がり、みんなから毛布やカイロを押し付けられていた。
「成長したな」
裕翔が言う。
「でしょ?」
透真は満足そうだった。
その時。
紬が小さな紙袋を机の上へ置いた。
「そうだ」
みんなが顔を上げる。
「渡したいものがあったの」
紬は少し照れながら袋を開いた。
中から出てきたのは、小さな布製のポーチだった。
「カイロポーチ?」
夕花が目を丸くする。
紬が頷いた。
「去年、透真に作ったやつ覚えてる?」
「あ!」
透真が声を上げる。
もちろん覚えている。
去年の冬。
紬からもらった手作りのカイロポーチ。
今でも大切に使っている。
「今年はみんなの分も作ってみたの」
机の上へ並べられたポーチは、それぞれ色や柄が違っていた。
どれも紬らしい優しいデザインだった。
「すごい」
伊織が感心したように言う。
「みんな違う柄なんだ」
夕花も嬉しそうだった。
「透真には新しいの」
紬が差し出す。
透真は目を輝かせた。
「え、いいの!?」
「うん」
「ありがとう!」
本当に嬉しそうだった。
透真はすぐに手に取る。
柔らかな生地。
丁寧な縫製。
紬が作ったと分かる。
「すごい」
何度も眺める。
「めちゃくちゃ嬉しい」
その言葉に。
紬も自然と笑顔になった。
作ってよかった。
そう思えた。
「薫にも」
紬が少しだけ緊張しながら差し出す。
薫が顔を上げる。
「あ」
受け取る。
紬の心臓が少しだけ速くなった。
薫はポーチを見て、それから紬を見る。
「ありがとう」
少し間を置いて続けた。
「大切にする」
さらっと。
本当に自然に。
紬の心臓が跳ねる。
「っ」
顔が熱い。
その横で。
夕花だけが気付いていた。
(あー……)
にやにやしそうになるのを必死に我慢する。
「似合ってる」
伊織が言う。
「そうか?」
薫は首を傾げる。
気付いていない。
全く気付いていない。
夕花は小さくため息を吐いた。
放課後の時間はゆっくり過ぎていく。
窓の外では雪が降り続いていた。
帰る頃には、辺りはすっかり白くなっていた。
「積もってる」
透真が少し楽しそうに言う。
みんなで校門へ向かう。
吐く息は白い。
その途中。
「あ」
琉衣が足を止めた。
透真のマフラーが少しずれている。
「透真先輩」
「ん?」
琉衣は慣れた手つきでマフラーを整える。
「ちゃんとしてください」
「してるよ」
「してません」
即答だった。
「してるって」
透真が抗議する。
その様子を見ながら。
裕翔が聞く。
「手袋した?」
「した」
「ほんとか?」
「した!」
「両手?」
「両手!」
「ならいい」
透真は少しだけ頬を膨らませた。
「なんでそんなに確認するの」
「風邪引くから」
薫が言う。
「寒いですし」
伊織も続く。
「先輩すぐ無理するので」
琉衣まで頷いた。
「転ばないでね」
夕花も笑う。
「気を付けてね」
紬も言った。
透真は立ち止まる。
そして。
みんなを見た。
去年と同じだ。
ちゃんと防寒している。
手袋もある。
マフラーもある。
それなのに。
みんなまだ心配してくる。
「もう子供じゃないんだけどなあ」
少しだけぷんぷんする。
でも。
その顔はどこか嬉しそうだった。
しばらくして。
透真は小さく笑う。
「でも、みんなありがと」
その一言に。
みんなも自然と笑った。
雪は静かに降り続いている。
寒い冬の日だった。
でも。
その帰り道は、不思議なくらい暖かかった。
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