【第10章】第4話「冬の観測会」
観測会当日。
朝から透真は何度も天気予報を確認していた。
昼休みも、放課後前も、そして部室へ向かう今も。
「晴れだ」
スマホの画面を見ながら自然と笑みがこぼれる。
冬の観測会は天気次第だ。だから空が晴れているだけで、少し嬉しくなった。
放課後、天文部は校舎裏の観測場所へ向かうために集合していた。冬の空気は冷たく、吐く息は白い。
「寒っ!」
夕花が肩を縮めると、裕翔が呆れたように笑う。
「だから防寒しろって言っただろ」
「してるよ!」
「それで?」
「してるって!」
そんなやり取りにみんなが笑った。
その横で透真は最後の確認をするように周囲を見回す。
「全員いる?」
「います」
琉衣が即答し、紬も小さく手を挙げた。
「大丈夫」
「よし」
透真が頷く。
すると少し後ろを歩いていた神代先生が口を開いた。
「部長らしくなったな」
透真が振り返る。
「そうですか?」
「人数確認してただろ」
言われて初めて気付いた。
去年まで、その役目は昴だった。
「あ……」
思わず小さく笑う。
神代先生は続けた。
「今日は夜遅くなる。帰宅確認までが観測会だ」
「了解です」
透真が素直に頷くと、神代先生は小さく目を細めた。
顧問として同行しているが、必要以上に口は出さない。ただ少し後ろから見守っている。
それが妙に安心できた。
☆
観測場所へ着くと、みんな自然に動き始めた。
「望遠鏡持つ」
薫がケースを持ち上げる。
「赤道儀確認しとく」
裕翔も手際よく準備を始めた。
「星図配ります」
琉衣が資料を抱え、
「お菓子はこっち」
紬が袋を持ち上げる。
透真が何か指示を出す前に、それぞれが自分の役割を見つけて動いていた。
「助かる……」
思わず漏らすと、
「顔に出てるぞ」
裕翔が笑った。
☆
準備は順調だった。
望遠鏡の設置が終わり、赤道儀の確認も終わる。
透真は最後に機材を見回し、小さく息を吐いた。
そのまま空を見上げる。
冬の夜空は高く、澄み切っていた。
そして、ふと思う。
観測会が始まる時。
去年まではいつも昴が最初に話していた。
星の説明をして、みんなを空へ向かせて。
あの落ち着いた声を思い出す。
――昴先輩なら、最初になんて言ったかな。
少しだけ胸が締め付けられた。
文化祭の時とは違う。
今ここにいないことを、ちゃんと実感してしまう。
「透真?」
紬の声で我に返る。
「あ、ごめん」
透真は少し笑って首を振った。
そして夜空を見上げる。
☆
「じゃあ見よう!」
その一言に、みんなが自然と空を見上げた。
透真は嬉しそうに指を伸ばす。
「今日はめちゃくちゃ見えるよ。ほら、あれ!」
指差した先には三つの明るい星。
「冬の大三角!」
夜空の中でひときわ目立つ光だった。
「わあ……」
夕花が声を漏らす。
紬も目を細めながら空を見上げた。
透真はそんな反応を見るのが好きだった。
星を見て綺麗だと思う瞬間を、誰かと共有できるのが嬉しい。
「こうやって見ると結構大きいんだよな」
「確かに」
裕翔も空を見上げる。
☆
「あとあれ!」
透真は次々と空を指差した。
「オリオン座!」
「見つけやすいですね」
琉衣が言う。
「だろ?」
透真は嬉しそうに笑った。
「俺も最初に覚えた星座なんだ」
☆
観測はゆっくり進んでいった。
望遠鏡を覗く人。
星図を見る人。
ただ空を見上げる人。
みんな自由だった。
でも、同じ空を見ていた。
☆
「透真」
伊織が静かに空を指差す。
「あ」
透真も顔を上げる。
そこにはプレアデス星団――すばるが輝いていた。
小さな星々が寄り添うように集まり、冬空の中で淡く光っている。
「綺麗……」
夕花の呟きに、誰もが頷いた。
透真は少しだけ笑う。
昴。
本人に言ったら嫌そうな顔をするだろうけれど、今日は少しだけその名前を思い出した。
☆
時間が経つにつれ、空気はさらに冷たくなった。
それでも誰も帰ろうとは言わない。
そんな時だった。
「見て!」
紬が空を指差す。
一筋の光が夜空を横切った。
「あっ!」
「流れ星!」
ふたご座流星群だった。
その後も何度も流れ星が夜空を駆け抜ける。
短い軌跡。
一瞬の輝き。
みんなが歓声を上げる。
☆
透真も空を見上げた。
流れ星。
冬の大三角。
オリオン座。
プレアデス星団。
どれも綺麗だった。
でも。
もっと綺麗だと思ったのは。
隣で星を見上げるみんなの姿だった。
☆
去年は先輩たちの後ろで見ていた星空。
今年はみんなと一緒に見る星空。
景色は少し変わった。
でも。
好きなものは変わらない。
☆
「部長」
裕翔が笑う。
「成功じゃん」
透真が振り返る。
みんな楽しそうだった。
その表情を見ているだけで十分だった。
「みんなのおかげ!」
透真は照れながら笑う。
☆
少し離れた場所で、その様子を見ていた神代先生も静かに空を見上げた。
和希がいて。
昴がいて。
そして今は透真たちがいる。
変わるものもある。
変わらないものもある。
そのどちらも抱えながら、天文部はちゃんと続いている。
神代先生は小さく目を細めた。
冬の星たちは、そんな彼らを見守るように静かに瞬いていた。
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