【第10章】第3話「冬の観測会準備」
冬の観測会まで、
あと一週間。
放課後。
透真は職員室の前で立ち止まっていた。
手には一冊のファイル。
部長引き継ぎファイル。
昴から受け取ったものだ。
ー
「失礼します」
職員室の扉を開ける。
神代先生が顔を上げた。
「どうした」
透真はファイルを抱えたまま言った。
「観測会の準備しようと思うんですけど」
「うん」
「引き継ぎファイル見たんですけど……」
神代先生が少し笑う。
「けど?」
透真は困った顔をした。
「情報量が多いです」
神代先生が吹き出した。
透真は本気だった。
ファイルの中には、
観測会準備手順。
提出書類一覧。
保護者配布文書。
参加名簿。
過去の観測会記録。
必要機材。
確認事項。
その他諸々。
昴らしい。
めちゃくちゃ整理されている。
めちゃくちゃ分かりやすい。
でも。
「どこから手を付ければいいんだろ……」
神代先生が苦笑する。
「順番にやれ」
「ですよね」
当たり前だった。
でも少し安心する。
神代先生は机の上へ書類を広げた。
「まずこれ」
学校への観測届。
夜間活動申請。
保護者同意書。
参加名簿。
透真は一枚ずつ確認していく。
去年。
何も考えず受け取っていた紙だった。
でも。
今は違う。
「これ全部毎回やるんですか?」
「毎回だ」
透真は静かに天井を見た。
「部長大変……」
神代先生が少しだけ笑う。
その後。
職員室のパソコンを借りて、
保護者向けのお知らせを作り始める。
『冬の観測会について』
タイトルを打つ。
日時。
集合場所。
持ち物。
締切日。
「先生」
「なんだ」
「これでいいですか?」
神代先生が画面を見る。
数秒。
「集合時間が抜けてる」
「あ」
「提出期限も」
「あ」
「緊急連絡先の記載も必要だ」
「ああ……」
透真は頭を抱えた。
「引き継ぎには書いてあるんですけど」
神代先生が視線を向ける。
「実際やると難しいです」
神代先生は少しだけ笑った。
「そういうものだ」
透真は完成した書類を見る。
去年。
自分は受け取る側だった。
今は作る側。
その違いが思った以上に大きい。
ぽつりと呟く。
「昴先輩ってすごかったんだな……」
神代先生は否定しなかった。
「今更か」
その一言に、
透真は少し笑った。
☆
部室へ戻る。
扉を開く。
「おかえり部長」
裕翔が笑う。
「ただいま……」
「どうした?」
薫が聞く。
透真は机へファイルを置いた。
「部長大変」
即答だった。
部室に笑い声が広がる。
「何があったんだよ」
裕翔が笑う。
「書類」
「書類?」
「書類」
透真は遠い目をした。
「昴先輩すごかった……」
その言葉に。
みんな少しだけ笑った。
でも
誰も否定しなかった。
そこからは機材準備だった。
「望遠鏡持つ」
薫がケースを持ち上げる。
「赤道儀確認しとく」
裕翔も立ち上がる。
「去年の観測記録あるよ」
伊織がファイルを差し出す。
☆
「役割表作る?」
夕花が言う。
「やります」
琉衣が即答する。
「お菓子とかも決めよう」
紬も笑った。
気付けば。
みんな自然に動いていた。
誰かに言われたからじゃない。
当たり前みたいに。
☆
一時間後。
机の上には綺麗に整理された資料。
機材確認も終わっている。
透真は呆然とした。
「終わった……」
「終わったな」
薫が頷く。
「終わりましたね」
伊織も笑う。
☆
透真は改めて部室を見回した。
みんな普通に話している。
特別なことじゃないみたいに。
当たり前みたいに。
手伝ってくれていた。
透真は立ち上がる。
「みんな」
呼ばれて、
全員が顔を上げた。
☆
透真は少し照れながら笑う。
「ありがとう!」
本当に嬉しそうな顔だった。
「めちゃくちゃ助かった!」
一瞬。
部室が静かになる。
「……別に」
薫が視線を逸らした。
伊織は小さく微笑む。
「役に立ててよかった」
夕花は笑いながら言う。
「そんな真っ直ぐ言われると照れるじゃん」
紬も小さく笑った。
「私たちも天文部だから」
琉衣は少し口元を緩める。
「当然です」
裕翔が吹き出した。
「お前ら全員照れてるじゃん」
笑い声が広がる。
透真はその光景を見ながら思った。
昴先輩は。
きっと一人で部活を支えていたわけじゃない。
みんながいた。
和希先輩がいた。
神代先生がいた。
そして今。
自分にも仲間がいる。
部長になったから分かることがある。
大変なこともある。
でも。
一人じゃない。
☆
窓の外には、
澄んだ冬空が広がっていた。
観測会の日も
こんな空だったらいいなと、
透真は静かに思った。
読んでいただきありがとうございます!
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