【第10章】第2話 「空いた席」
文化祭が終わってから、
最初の週。
冬の空気は、
日に日に冷たくなっていた。
放課後。
透真は部室へ向かう廊下を歩いていた。
窓の外には、
少し早い夕暮れ。
冬は日が落ちるのが早い。
「寒くなってきたなあ」
誰に言うでもなく呟く。
そのまま、
いつものように部室の扉を開けた。
☆
「こんにちはー」
聞き慣れた自分の声。
部室にはまだ誰もいない。
透真は鞄を置いて、
いつもの席へ向かった。
部長になって数日。
まだ実感は薄い。
活動記録も。
備品管理も。
昴が当たり前みたいにやっていたことが、
思ったより大変だった。
「昴先輩すごかったんだなあ……」
小さく呟く。
そんなことを考えながら、
窓際を見る。
☆
そこには。
和希の席。
昴の席。
空いたままの椅子。
当然だった。
もう引退している。
頭では分かっている。
でも。
目に入るたび、
少しだけ違和感があった。
☆
扉が開く。
「おはよー」
夕花だった。
続いて。
紬。
伊織。
薫。
裕翔。
琉衣。
いつものメンバーが揃う。
人数は変わらない。
なのに。
部室は少し広く感じた。
☆
「寒いな」
薫が椅子へ座る。
「冬ですから」
伊織が静かに返す。
いつもの会話。
いつもの空気。
でも。
何かが少し違う。
☆
神代先生が来るまでの時間。
みんなそれぞれ過ごしていた。
透真は活動記録を確認する。
部長らしいことをしてみようと思う。
でも。
まだ慣れない。
「これ、
どこ書くんだっけ」
思わず呟く。
その瞬間。
反射だった。
本当に何も考えていなかった。
☆
「和希先輩、
まだ来てないんですかね――」
そこまで言って。
透真が止まる。
部室も止まる。
静かだった。
一瞬。
本当に一瞬だけ。
誰も言葉を返せなかった。
☆
透真が、
ゆっくり顔を上げる。
空いた席。
窓際。
誰もいない椅子。
和希はいない。
昴もいない。
もう、
部員じゃない。
☆
「あ……」
小さな声だった。
言ってから、
気付いた。
無意識だった。
今までずっと。
分からないことがあったら、
和希に聞いていた。
困ったら、
昴が何とかしてくれた。
それが当たり前だった。
☆
「……いないんだ」
ぽつりと零れる。
誰へ向けた言葉でもなかった。
部室が静かになる。
冬の夕暮れだけが、
窓から差し込んでいた。
☆
その空気を壊したのは。
裕翔だった。
「まあ、
当たり前なんだけどな」
少し苦笑する。
「なんか変な感じ」
夕花も頷く。
「文化祭終わった時は、
まだ実感なかったし」
「うん」
紬も小さく頷いた。
☆
琉衣は空いた席を見ながら言う。
「先輩たち、
ほんとに引退したんですね」
その言葉に。
透真は少しだけ笑った。
寂しい。
でも。
嫌な寂しさじゃない。
☆
伊織が静かに言う。
「先輩たち、
良い部活残してくれたね」
穏やかな声だった。
薫も小さく頷く。
「だな」
☆
透真はもう一度、
空いた席を見る。
去年。
この席に座っていた和希。
笑いながら話していた。
昴は窓際で、
機材を触っていた。
そんな景色を、
自然に思い出せる。
☆
でも。
今、
ここにいるのは自分たちだ。
変わらないものもある。
変わるものもある。
その両方が、
少しだけ分かった気がした。
☆
「部長」
突然、
琉衣が呼ぶ。
透真が振り返る。
「観測計画どうします?」
部長。
その呼び方に、
まだ少し慣れない。
でも。
前みたいに不思議ではなかった。
☆
透真は活動記録を開く。
昴から受け取ったファイル。
歴代部長の記録。
そして。
自分がこれから書いていくページ。
「そうだなあ」
少し考えてから笑う。
「冬の観測会やろうか」
その瞬間。
部室の空気が少し明るくなる。
☆
窓の外。
冬の空は高かった。
和希も。
昴も。
もうこの部室にはいない。
でも。
残してくれたものは、
ちゃんとここにある。
透真は空を見上げて、
少しだけ笑った。
冬は始まったばかりだった。
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