【第9章】第10話「文化祭の終わり」
屋上を出る時。
最後に吹いた夜風が、
少しだけ冷たかった。
「寒っ」
夕花が肩を竦める。
「もう秋だねえ」
和希が笑う。
ついさっきまで、
花火を見ていたはずなのに。
もう文化祭が終わる。
その実感だけが、
少しずつ近付いていた。
☆
夜の校舎は静かだった。
昼間の熱気が、
嘘みたいに消えている。
廊下には、
片付け途中の段ボール。
外された装飾。
半分だけ残った看板。
文化祭の“あと”だった。
「なんか寂しいですね」
透真が小さく呟く。
誰も否定しない。
階段を降りる足音だけが、
静かに響いていた。
☆
教室前まで戻ると、
夕花が伸びをする。
「じゃ、
うちら着替えてくるね」
「またあとで」
紬も小さく笑った。
女子たちが廊下の向こうへ消えていく。
その背中を見送りながら、
裕翔が小さく息を吐く。
「……急に静か」
「確かに」
透真が少し笑った。
☆
教室へ戻ると、
空気はもっと静かだった。
さっきまでの賑やかさが、
少し遠い。
男子だけになった教室。
みんな、
それぞれ浴衣を整えたり、
荷物を片付けたりしている。
透真は、
ゆっくり帯をほどいた。
「……終わっちゃったなあ」
ぽつりと零れる。
裕翔が近くで笑う。
「お前、
今日ずっと楽しそうだったもんな」
「だって楽しかった」
即答だった。
その声が、
少しだけ寂しそうで。
でもちゃんと、
満足そうだった。
☆
「今年、
ほんと人多かったよな」
薫が机へ腰掛けながら言う。
「プラネタリウムも大盛況だったし」
「透真先輩、
ずっと解説してましたよね」
琉衣が言う。
「めちゃくちゃかっこよかったです」
「え、ほんと?」
「ほんとです」
即答。
その横で、
薫が小さく笑った。
「お前、
褒められるとすぐ喜ぶな」
「だって嬉しいし」
透真は隠さない。
伊織が静かに笑う。
「そこ透真らしい」
☆
少し離れた窓際。
昴が静かに外を見ていた。
校庭では、
まだ一部の片付けが続いている。
提灯の灯りも、
少しずつ消えていく。
その背中を見ながら、
透真は少しだけ胸が苦しくなった。
去年。
自分は、
ずっと先輩達の後ろを追いかけていた。
でも今は。
その時間が、
終わろうとしている。
☆
「これで三年は引退か」
昴が静かに言った。
その瞬間。
教室が少し静かになる。
文化祭。
後夜祭。
屋上。
楽しかった時間。
でも。
それは同時に、
区切りでもある。
透真は、
少しだけ視線を落とした。
実感はまだ曖昧だ。
でも。
終わるんだ、
ということだけは分かる。
☆
そんな空気を、
和希が少し明るく崩した。
「ま、
休み明け部長決めて、
俺ら正式引退だねー」
軽い声。
でも。
その言葉は、
思ったより胸へ残った。
「次誰になるんだろ」
裕翔が何気なく言う。
その瞬間。
なぜか、
何人かの視線が自然に透真へ向いた。
「え?」
透真だけが気付いていない。
薫も。
伊織も。
琉衣も。
昴も。
何も言わない。
でも。
たぶんみんな、
同じことを思っていた。
☆
和希がその空気に気付いて、
少し笑う。
「まあ、
誰になっても大丈夫そうだけどね」
その言葉に、
昴も小さく頷いた。
「……今の天文部、
ちゃんと良い部活だしな」
静かな声。
でも、
その言葉はまっすぐだった。
透真が少し目を丸くする。
それから、
少し照れたように笑った。
「……先輩たちがいたからですよ」
その返事に。
和希がふっと笑う。
昴も、
少しだけ目を細めた。
☆
そこへ。
「お待たせー」
着替え終わった夕花たちが戻ってくる。
制服姿に戻っているのに、
まだ少しだけ後夜祭の空気が残っていた。
「なんか男子だけでしんみりしてない?」
夕花が笑う。
「してない」
薫が即答する。
「怪しいなー」
そのやり取りに、
少しだけ教室の空気が柔らかく戻った。
☆
帰る準備を終えた教室。
文化祭装飾がまだ少し残っている。
でも。
明日になれば、
きっと全部なくなる。
日常へ戻る。
授業。
放課後。
いつもの学校。
でも。
去年とは少し違う。
透真は窓の外を見上げた。
静かな夜空。
文化祭の熱が消えたあとでも、
星だけは変わらずそこにある。
「……また、
みんなで見たいな」
小さな声だった。
誰へ向けたわけでもない。
でも。
その言葉に、
みんな少しだけ笑った。
☆
こうして。
最後の文化祭は、
静かに終わった。
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