【第9章】第9話「花火のあと」
後夜祭が終わる頃には、
学校の熱気も少しずつ落ち着き始めていた。
さっきまで響いていた音楽は止まり。
笑い声も、
少しずつ遠くなっていく。
提灯の灯りだけが、
静かな校舎をぼんやり照らしていた。
「終わっちゃったねー」
夕花が空を見上げながら言う。
「楽しかった……」
紬も小さく頷く。
文化祭。
後夜祭。
花火。
全部、
あっという間だった。
でも。
だからこそ、
終わりが少し寂しい。
☆
「ねえ、」
和希が、
ふと思い出したように言った。
「せっかくだし、
最後屋上行かない?」
透真がぱっと顔を上げる。
「え、いいんですか?」
「神代先生なら許してくれそう」
その時。
「もう許可してる」
後ろから静かな声がした。
振り返る。
神代先生だった。
「うわ、いた」
裕翔が少し笑う。
神代先生は呆れたように息を吐いた。
「お前たち、
絶対言い出すと思った」
でも。
その顔は、
少しだけ優しかった。
☆
夜の校舎は静かだった。
昼間あんなに騒がしかった廊下。
今は足音だけが響く。
浴衣姿のまま、
みんなで階段を上がっていく。
窓の外には、
まだ少しだけ花火の煙が残っていた。
「なんか不思議ですね」
透真が小さく笑う。
「同じ学校なのに、
別の場所みたい」
誰も否定しなかった。
☆
屋上扉の前。
神代先生が立ち止まる。
「騒ぎすぎるなよ」
「はーい」
和希が返事をする。
神代先生は小さく苦笑して、
扉を開けた。
夜風が吹き込む。
その瞬間。
「わ……」
透真が目を輝かせた。
☆
夜の屋上。
静かな空。
文化祭後の学校。
遠くには、
街の灯り。
さっきまでの熱気が嘘みたいに、
世界が静かだった。
でも。
その静けさが、
妙に心地良い。
透真はフェンス近くまで歩いていく。
薄い紺色の浴衣が、
夜風に揺れた。
花火の名残みたいな匂い。
少し冷たい風。
見上げた空には、
星が出始めている。
「……やっぱ屋上好きだなあ」
透真が呟く。
その声を聞きながら、
みんな自然に笑った。
☆
「今年、
めちゃくちゃ楽しかったですね」
透真が振り返る。
「文化祭も、
後夜祭も」
その表情は、
本当に満足そうだった。
和希が柔らかく笑う。
「透真くん、
ずっと楽しそうだったもんね」
「だって楽しかったです!」
即答。
その声に、
みんな少し笑った。
☆
少し離れた場所。
薫はフェンスへ寄りかかりながら、
夜空を見上げていた。
その横へ、
紬が静かに並ぶ。
「……疲れた?」
紬が小さく聞く。
「まあな」
短い返事。
でも離れない。
夜風が、
紬の髪を揺らす。
薫は一瞬だけそっちを見て、
すぐ視線を逸らした。
なんとなく。
まだうまく見られなかった。
でも。
その距離は、
前より少し近かった。
☆
少し離れた場所では、
琉衣が透真の隣を確保していた。
かなり自然に。
「寒くないですか」
「大丈夫」
「ほんとですか?」
「琉衣くん、心配しすぎ」
透真が笑う。
その顔を見て、
琉衣も少しだけ笑った。
たぶん今、
この場所で一番幸せなのは自分だと思った。
でも同時に。
透真がみんなを見る時の優しい目を知っている。
だから、
独り占めできないことも分かっていた。
☆
伊織は少し後ろから、
その空気を静かに見ていた。
誰かが大きく喋るわけじゃない。
でも。
この空気が好きだった。
無理をしなくていい。
同じ空を見ていられる。
透真がいると、
みんな少し柔らかくなる。
その中心にいる本人だけが、
それを知らない。
伊織は小さく笑った。
☆
昴は夜空を見上げながら、
静かに息を吐いた。
去年。
ここにいた透真は、
まだ一年生だった。
でも今は違う。
後輩ができて。
みんなが集まって。
自然に、
中心にいる。
その景色が、
どこか誇らしかった。
少し寂しくもある。
でも。
悪くない未来だと思った。
☆
「星出てる!」
透真が空を指差す。
その瞬間。
みんな自然に、
同じ空を見上げた。
変わっていく距離。
変わっていく時間。
でも。
空だけは、
去年と変わらない。
☆
透真が、
夜空を見上げたまま小さく笑う。
「……去年は、
来年こんな感じになってると思わなかったな」
静かな声だった。
風が吹く。
浴衣の裾が揺れる。
「先輩たち、
もう引退なんですよね」
ぽつりと落ちる。
その言葉に、
少しだけ空気が静かになった。
「なんか……
まだ全然実感ないです」
透真は少し困ったように笑う。
「でも、
今日めちゃくちゃ楽しかったから」
そこで言葉を探すように、
少し空を見る。
「ちゃんと覚えてたいなって思います」
和希が、
ふっと優しく笑った。
「うん」
短い返事。
でもどこか、
少しだけ柔らかい声。
昴は静かに夜空を見上げたまま、
小さく目を細める。
その横顔は、
どこか穏やかだった。
☆
神代先生は、
少し離れた場所からその光景を見ていた。
去年は、
先輩達の背中を追いかけていた透真が。
今は、
誰かにとっての“先輩”になっている。
時間は進む。
季節も変わる。
それでも。
この場所で笑った記憶だけは、
きっと消えない。
☆
夜風が吹く。
浴衣の裾が揺れる。
静かな屋上。
笑い声。
星空。
その全部を包み込むように、
夜空には静かに星が瞬いていた。
読んでいただきありがとうございます!
ー
毎日21時に投稿予定です५✍⋆*
続きが気になったら評価やブックマークをお願いします




