【第9章】第8話「後夜祭」
文化祭終了。
校内放送と同時に、
学校中から拍手が起こった。
「終わったー!」
「疲れた!」
「後夜祭行くぞー!」
昼間までの熱気が、
そのまま夜へ流れ込んでいく。
☆
教室。
夕焼けが、
少しずつ夜色へ変わっていた。
透真は鏡の前で、
浴衣の帯と格闘している。
「……難しい」
「絶対苦戦してると思った」
裕翔が笑った。
自分はもう着終わっている。
「去年も帯ぐちゃぐちゃだったよな」
「う……」
「夕花に直してもらってたじゃん」
覚えているらしい。
「貸せって」
裕翔が帯を引っ張る。
「お前、
変な結び方してる」
「難しいんだって」
「はいはい」
慣れた手つきで、
裕翔が整えていく。
☆
透真の浴衣は、
去年と同じ薄い紺色だった。
落ち着いた色。
夜空みたいな淡い青。
派手じゃないのに、
妙に透真によく似合う。
帯を整え終わった裕翔が、
少し目を細めた。
「やっぱその色、
お前っぽいな」
「そう?」
「星好きそうな色」
「何それ」
透真が笑う。
その時。
教室扉が開いた。
「お待たせ――」
琉衣が入ってきて、
止まった。
一瞬、
言葉が出ない。
薄い紺色の浴衣。
少し緩く結ばれた帯。
花火前の夕暮れ色の教室。
その真ん中で、
透真が笑っていた。
――綺麗。
気付けば、
また最初と同じことを思っていた。
去年。
迷子だった自分へ、
声を掛けてくれた時みたいに。
透真は琉衣へ気付くと、
ぱっと表情を明るくした。
「琉衣くん!」
そのまま、
嬉しそうに近付いてくる。
「浴衣めっちゃ似合ってる!」
真っ直ぐだった。
琉衣は少しだけ目を逸らす。
「……ありがとうございます」
やっぱり弱い。
透真に褒められると、
調子が狂う。
☆
校庭。
後夜祭。
ライトアップされた校舎。
提灯の灯り。
音楽。
笑い声。
いつもの学校なのに、
まるで別世界みたいだった。
「わあ……」
透真が目を輝かせる。
その姿を見ながら、
和希がふっと笑った。
「去年も思ったけど」
透真が振り返る。
「その浴衣の色、
ほんと似合うねえ」
優しい声だった。
去年。
後夜祭で、
同じ浴衣を着ていた透真。
花火を見上げて、
嬉しそうに笑っていた一年生。
その記憶ごと、
和希はちゃんと覚えている。
透真は少し照れたように笑った。
「ほんとですか?」
「うん。
透真くんっぽい」
透真は少し嬉しそうに笑ってから、
今度は和希を見上げた。
「先輩も似合いますよー」
「え?」
「なんか、
すごい和希先輩って感じです」
ふわっとした感想。
でも透真は本気だった。
和希は一瞬きょとんとして。
それから、
ふっと笑う。
「ありがと」
どこか嬉しそうな声。
その自然な距離感を見ながら。
琉衣が少しだけ口を尖らせる。
知らない去年。
自分がまだいなかった時間。
その中に、
透真と先輩たちの思い出がある。
少しだけ、
羨ましかった。
☆
「透真ー!」
夕花が手を振りながら走ってくる。
赤系の浴衣。
髪も少し巻いていた。
「夕花、
めっちゃ似合ってる!」
「ほんと!?」
「うん!」
即答。
夕花が少しだけ照れる。
「……そういうの、
ほんと自然に言うよね」
「?」
透真は意味が分かっていない。
☆
その後ろから、
紬がゆっくり歩いてくる。
淡い水色の浴衣。
小さな花柄。
柔らかな雰囲気によく合っていた。
透真がまた目を輝かせる。
「わあ、
紬もすごい似合ってる!」
「……ありがと」
紬は少し照れながら笑う。
その横で。
薫が一瞬だけ、
紬を見た。
浴衣姿。
昼間のメイド服とはまた違う。
妙に目を引く。
「薫くん?」
紬が気付いて振り返る。
薫は少し視線を逸らした。
「……普通に似合ってる」
ぶっきらぼう。
でも。
紬の胸が少しだけ跳ねた。
透真に褒められるのとは、
少し違う感覚だった。
☆
「みんな集まってるね」
伊織が静かに笑う。
黒系の浴衣姿。
落ち着いた雰囲気が、
いつも以上に柔らかかった。
「伊織も似合ってる!」
透真が言う。
「ありがとう」
伊織は少しだけ微笑む。
そのやり取りを見ながら、
琉衣がまた少しだけむっとする。
「透真先輩、
今日ずっと褒めてません?」
「え?」
「……なんでもないです」
裕翔が横で吹き出した。
「琉衣、
忙しいな」
「うるさいです」
☆
「悪い、遅れた」
その時。
後ろから低い声がした。
振り返ると、
昴が歩いてくる。
濃紺の浴衣。
落ち着いた色が、
静かな雰囲気によく似合っていた。
「昴先輩!」
透真がぱっと表情を明るくする。
そして、
少し見上げるように昴を見る。
「……めちゃくちゃかっこいい」
昴が少し止まった。
「……そうか?」
「絶対似合うと思ってました!」
また真っ直ぐだった。
和希が横で吹き出す。
「透真くん、
今日ずっと人殺してるよ」
「え!?」
意味が分かっていない。
昴は小さく息を吐いて、
少しだけ視線を逸らした。
耳が、
ほんの少し赤かった。
☆
音楽が流れる。
夜風。
笑い声。
文化祭最後の夜。
去年と同じようで、
でも違う。
去年は、
まだ先輩達の背中を見ていた。
でも今は違う。
透真の周りへ、
自然にみんなが集まっている。
その中心で。
透真は、
花火の上がる夜空を見上げていた。
「綺麗……」
大きな花火が咲く。
赤。
青。
金色。
その光が、
みんなの浴衣を照らしていた。
でも。
誰も少しの間、
花火を見ていなかった。
自然に。
本当に自然に。
みんな、
透真を見ていた。
花火の光を映した横顔。
楽しそうに笑う表情。
夜空を見上げる瞳。
その瞬間だけ、
時間が止まったみたいだった。
☆
神代先生は、
少し離れた場所からその光景を見ていた。
去年より増えた人数。
変わっていく距離。
でも変わらない空気。
笑い合う生徒たち。
その中心にいる透真。
神代先生は小さく目を細める。
青春は、
きっとこういう瞬間だ。
終わるからこそ、
綺麗な時間。
☆
花火が、
夜空へ消えていく。
透真が振り返った。
「……なんか、
ずっと忘れたくないね」
ぽつりと零れる。
誰も、
すぐには返事をしなかった。
たぶんみんな、
同じことを思っていたから。
読んでいただきありがとうございます!
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