【第9章】第7話「変わっていく距離」
夕方。
文化祭二日目も、
終わりへ近付いていた。
オレンジ色の光が、
校舎を柔らかく染めている。
廊下にはまだ笑い声。
遠くから、
軽音部の演奏。
文化祭独特の浮ついた空気が、
まだ学校中に残っていた。
☆
「なんか、
ずっとみんなでいるな」
裕翔が笑う。
気付けば、
校内巡りは天文部全員で行動していた。
誰かが「集まろう」と言ったわけじゃない。
でも自然に、
みんなここへ戻ってくる。
透真は嬉しそうに笑った。
「楽しいからじゃない?」
それが、
答えだった。
☆
校舎を歩いている途中。
紬が髪へ触れる。
「あれ……」
メイド喫茶用の小さな髪飾りが、
うまく外れなかったらしい。
「取れない?」
透真が覗き込む。
「う、うん……」
その瞬間。
「貸せ」
薫が自然に手を伸ばした。
紬が少し目を見開く。
距離が近い。
薫の指先が、
髪へ触れる。
器用に留め具を外しながら、
薫はいつも通りの顔をしていた。
「ほら」
「……ありがと」
紬が小さく受け取る。
でも。
胸だけ、
少し落ち着かなかった。
夏合宿の肝試し以来。
薫を前にすると、
たまに心臓が変になる。
理由はまだ、
自分でもよく分からない。
「紬?」
透真が不思議そうに顔を覗き込む。
「顔赤いけど大丈夫?」
優しい声。
昔なら、
それだけでいっぱいになっていた。
今も嬉しい。
でも。
さっき、
ドキッとしたのは、
薫に近付かれた時だった。
紬は少しだけ視線を逸らした。
「……なんでもない」
薫も、
なぜか少し落ち着かなかった。
自分から触れたくせに、
妙に距離を意識してしまう。
その空気を見ながら、
伊織だけが静かに笑っていた。
☆
「次どこ行く?」
透真が楽しそうに振り返る。
「写真撮りたい!」
夕花が手を挙げた。
「文化祭っぽいやつ!」
「いいね!」
透真がすぐ乗る。
校舎の装飾前。
夕焼け。
文化祭ポスター。
みんなで並ぶ。
「夕花、
こっち!」
透真が手を振る。
その笑顔を見た瞬間。
夕花の胸が、
少しだけ跳ねた。
――かっこいい。
最初に思った時より、
ずっと自然に。
ずっと近く。
でも。
今は、
隣で笑っていられる時間の方が大事だった。
「夕花?」
「……なんでもない!」
慌てて笑う。
透真は気付かない。
☆
「はい、
次撮るよー」
和希がスマホを構える。
「透真くん真ん中」
「え、なんでですか?」
「なんとなく?」
自然だった。
誰も違和感を持たない。
透真が真ん中に立つと、
なぜか空気がまとまる。
昴はその光景を、
少し離れた場所から見ていた。
去年。
ここにいたのは、
まだ小さく見えた一年生。
でも今は違う。
透真を中心に、
みんなが笑っている。
後輩も。
同級生も。
その景色が、
どこか安心する。
少しだけ、
寂しくもあるけれど。
☆
「透真先輩」
琉衣が、
さりげなく透真の隣へ立つ。
「次、
後夜祭ですよね」
「うん」
琉衣は少しだけ視線を揺らしたあと、
小さく言った。
「……一緒にいてもいいですか」
透真はきょとんとする。
「?
もちろん」
即答だった。
その瞬間。
琉衣の機嫌が、
少しだけ戻る。
単純だった。
でも次の瞬間。
「透真ー!」
夕花が呼ぶ。
「次あっち行こ!」
「わかった!」
透真はそのまま、
そっちへ行ってしまう。
「……」
琉衣が少しだけ口を尖らせた。
裕翔が横で吹き出す。
「わかりやす」
「うるさいです」
「独占欲強」
「違います」
でも否定が弱い。
伊織が静かに笑った。
「琉衣、
透真のこと好きすぎる」
「伊織先輩まで……」
顔が少し赤い。
でも、
誰も嫌な顔はしなかった。
たぶんみんな、
少し分かっている。
☆
夕方。
校庭へ出ると、
風が少し涼しくなっていた。
文化祭終了まで、
あと少し。
でも。
終わる感じが、
まだしない。
透真が空を見上げる。
夕焼けと、
薄く見え始めた夜空。
「なんか、
ずっとこのままみたいですね」
ぽつりと零れる。
その言葉に、
みんな少しだけ静かになった。
ずっとこのまま。
本当は、
そんなことないと知っている。
卒業もある。
進路もある。
時間は進む。
でも今だけは。
この空気を、
壊したくなかった。
「……まだ後夜祭あるし」
和希が笑う。
空気が少し柔らかく戻る。
「浴衣着替えないとな」
「楽しみ!」
透真がぱっと笑った。
その顔を見て、
みんな少しだけ笑う。
変わっていく距離。
でも。
今はまだ、
同じ空の下にいた。
読んでいただきありがとうございます!
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