【第9章】第6話「校内公開」
文化祭二日目。
校内公開日。
一般客のいない学校は、
昨日より少しだけ自由だった。
廊下を歩くのは、
制服姿の生徒たち。
クラスTシャツ。
文化祭装飾。
どこか気の抜けた笑い声。
「なんか今日、
普通に遊べる感じしますね」
透真が笑う。
「昨日は忙しかったからな」
裕翔が肩を竦めた。
その横には、
当然みたいに琉衣がいる。
「琉衣くん、
展示大丈夫なの?」
「今休憩です」
「ほんと?」
「ほんとです」
たぶん半分くらい嘘だった。
☆
「じゃ、
回るか!」
裕翔が言う。
文化祭二日目。
最大のイベント。
他クラス巡りだった。
☆
最初に向かったのは、
薫と伊織のクラス。
『喫茶 Sirius』
扉を開けると、
コーヒーの香りがした。
「いらっしゃいませ」
静かな声。
伊織だった。
黒シャツにエプロン。
いつもより少し大人っぽい。
「お、
透真たち」
奥から薫が出てくる。
こっちも黒シャツ姿。
無愛想なのに、
妙に似合っていた。
「めっちゃ本格的!」
透真が目を輝かせる。
「まあ、
喫茶店だからな」
薫が言う。
その横で、
伊織が静かに笑った。
「薫、
接客人気すごいよ」
「やめろ」
「え、わかる」
裕翔まで頷く。
「塩接客系イケメン」
「誰がだ」
透真が素直に言った。
「やっぱり!
薫かっこいいもんね」
一瞬。
薫が止まる。
「……は?」
「え?」
「いや、
急に何言ってんだお前」
耳が少し赤い。
透真は本気で不思議そうだった。
「ほんとのことじゃん」
追撃。
裕翔が吹き出す。
「あー終わった」
「うるせぇ」
その空気を見ながら、
伊織が静かに笑う。
透真はそっちを向いた。
「伊織も似合ってるよ!」
今度は、
伊織が少し目を丸くする。
「……俺も?」
「うん!
なんかすごい落ち着いた喫茶店店員って感じ」
透真は楽しそうだった。
伊織は数秒だけ黙ってから、
ふっと柔らかく笑う。
「ありがとう」
静かな声。
でも少しだけ、
嬉しそうだった。
その横で。
琉衣がまた少しだけむっとする。
「透真先輩、
ほんとすぐ褒めますよね」
「え?」
「……なんでもないです」
裕翔が横で笑う。
「琉衣、
忙しいな」
「忙しくないです」
☆
「今休憩入っていいって」
伊織が言う。
「ちょうど落ち着いたし」
「え、じゃあ一緒回る?」
透真が聞く。
薫は少し面倒そうな顔をしたあと、
小さく息を吐いた。
「……まあいい」
その返事だけで、
透真が嬉しそうに笑う。
こういうところだった。
気付けば、
人が増えている。
☆
次に向かったのは、
夕花のクラス。
入口からもう暗い。
『呪われた病院』
嫌な名前だった。
「絶対夕花楽しんでる」
透真が笑う。
その瞬間。
「うわああああ!!」
白い影が飛び出した。
「わっ!?」
透真が本気で驚く。
後ろで裕翔が吹き出した。
「いい反応すぎ」
白メイク姿の夕花が、
満足そうに笑う。
「透真めっちゃびっくりしてた!」
「普通に怖かった……」
「成功成功!」
夕花は楽しそうだった。
その横で、
琉衣がぼそっと呟く。
「透真先輩、
驚くとかわいいですね」
「え?」
「なんでもないです」
☆
「夕花、
今休憩?」
透真が聞く。
「ちょうど交代!」
夕花は即答した。
「え、じゃあ一緒回る!」
こうして、
また一人増える。
「なんか人数増えてきたな」
裕翔が笑った。
「ほんとだ」
透真も笑う。
でもそれが、
嫌じゃない。
むしろ楽しかった。
☆
次に向かったのは、
紬のクラス。
『Moon Light Café』
白い装飾。
レース。
小さなリボン。
可愛らしい空間だった。
「おかえりなさいませ……」
少し照れた声。
透真が顔を上げる。
そして、
ぱっと目を輝かせた。
「わあ!
紬、似合ってるねー!」
一切迷いのない声。
紬が固まる。
「……え」
「めっちゃ可愛い」
追撃だった。
紬の顔が、
一気に赤くなる。
「……ありがと」
小さな声。
視線が合わせられない。
夕花が横で笑った。
「透真、
そういうのサラッと言うよねー」
「え?
ほんとのことじゃん」
また無自覚。
その後ろで。
薫が一瞬黙る。
視線が止まる。
それから、
少し遅れて言った。
「……似合ってんじゃん」
ぶっきらぼう。
でも、
どこかぎこちない。
紬が少し驚いた顔をする。
伊織だけが、
静かに全部見て笑っていた。
☆
「紬も休憩?」
夕花が聞く。
「うん、
今から」
「じゃあ一緒行こ!」
こうしてまた、
人数が増えた。
☆
次は、
一年展示スペース。
『自然と共に生きる』
琉衣のクラス展示だった。
植物。
鉱石。
自然写真。
静かな展示空間。
「これ、
琉衣くんが作ったの?」
透真が展示パネルを見上げる。
「一部だけです」
「すごいじゃん」
琉衣は少し嬉しそうだった。
展示の端には、
夜空写真も飾られている。
「星も自然の一部なので」
少し得意げに言う。
透真が笑った。
「いいじゃん」
その一言だけで、
また琉衣の機嫌が上がる。
裕翔が横で小さく吹き出した。
「ほんとわかりやすいな」
「何がですか」
☆
午後。
校庭。
屋台エリアは、
昨日以上に賑わっていた。
「透真くーん!」
校庭から声が飛ぶ。
ワッフル屋台。
和希だった。
エプロン姿のまま、
楽しそうに手を振っている。
「お、なんか大人数じゃん!」
「気付いたら増えてました」
透真が笑う。
和希はみんなを見回して、
ふっと目を細めた。
「いいねー、
青春って感じ」
そう言いながら、
焼きたてワッフルを取り上げる。
「はい、
透真くんの分」
自然な動きだった。
「え、いいんですか!?」
「頑張ってる後輩サービス」
透真は嬉しそうに受け取る。
「わ、美味しそう……!」
焼きたての甘い匂い。
一口食べた瞬間。
「美味しい!!」
ぱっと表情が明るくなる。
その顔を見て、
和希がふっと笑った。
「ほんと、
美味しそうに食べるよね」
どこか満足そうな声。
透真は気付かないまま、
もう一口食べる。
「これ絶対人気出ます!」
「でしょ?」
和希は嬉しそうだった。
その横で。
琉衣が静かにその光景を見ている。
和希先輩は、
透真先輩の“嬉しい顔”を知っている。
どうすれば笑うか。
何を渡せば喜ぶか。
それを自然に知っている距離感。
少しだけ、
羨ましかった。
☆
「昴先輩のとこも行こう!」
最後に向かったのは、
たこ焼き屋台だった。
鉄板の前。
昴が真顔でたこ焼きを回している。
手際が、
やたら良かった。
生地を流し。
具材を入れ。
慣れた動きで、
綺麗に丸く返していく。
「うわ……」
透真が思わず声を漏らす。
「昴先輩、
めちゃくちゃ上手い」
「そうか?」
本人は無自覚だった。
「今日ずっと職人だよ」
和希が横で笑う。
昴は気にした様子もなく、
たこ焼きを返し続ける。
その横顔を見ながら。
透真がぽつりと呟いた。
「……かっこいい」
一瞬。
鉄板の前で、
昴の手が少し止まる。
「え」
透真は普通に続けた。
「なんかプロみたいです」
完全に本気だった。
昴は数秒黙ってから、
小さく視線を逸らす。
「……ただのたこ焼きだろ」
でも耳が少し赤い。
和希が横で吹き出した。
「あー昴照れてる」
「うるさい」
「珍しいもの見た」
裕翔まで笑う。
昴は小さく息を吐いて、
紙皿を差し出した。
「ほら。
熱いから気を付けろ」
少しだけ声が早い。
透真は嬉しそうに受け取った。
「いただきます!」
一口。
「美味しい!」
ぱっと笑う。
昴はその顔を見て、
小さく目を細めた。
☆
その時。
昴がふと顔を上げる。
透真。
裕翔。
琉衣。
薫。
伊織。
夕花。
紬。
和希。
気付けば、
校庭の屋台前に、
天文部全員が集まっていた。
昴は少しだけ目を細める。
「……みんないるじゃん」
ぽつりと落ちた言葉。
和希が笑った。
「ほんとだね」
その声は、
少しだけ優しかった。
☆
夕方。
校庭の空が、
ゆっくりオレンジ色へ変わっていく。
笑い声。
音楽。
屋台の匂い。
文化祭二日目。
今だけの空気。
「楽しいなあ」
透真がぽつりと呟く。
その声に、
みんな少しだけ笑った。
たぶん今、
ここにいる全員が、
同じことを思っていた。
読んでいただきありがとうございます!
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