【第9章】第5話「文化祭一日目の夜」
文化祭一日目終了。
校内放送が流れる頃には、
昼間の賑わいが嘘みたいに静かになっていた。
来場者は帰り始め。
廊下には、
片付けの音だけが残っている。
「疲れたー……」
透真が、
縁日教室の机へ突っ伏した。
半被姿のまま。
髪も少し乱れている。
裕翔がラムネ箱を持ちながら笑った。
「お前今日ずっと動いてたもんな」
「文化祭って、
なんでこんな楽しいんだろ」
「知らねぇよ」
でも裕翔も、
少し楽しそうだった。
☆
教室には、
まだクラスメイトが数人残っている。
射的の景品を片付ける人。
床を掃除する人。
疲れて椅子へ座り込む人。
その全部が、
どこか心地良い疲労感だった。
「透真くん今日めっちゃ接客うまかったよね」
女子が笑いながら言う。
「子ども人気すごかった!」
「え、ほんと?」
透真はきょとんとする。
「いや、
普通にすごかったって」
「透真、
向いてるわ」
裕翔まで頷いた。
でも本人だけ、
全然分かっていない。
☆
窓の外。
夕焼けが、
少しずつ夜へ変わっていく。
文化祭一日目が終わった。
それだけなのに、
学校の空気が少し特別に思える。
⭐︎
「明日、
校内公開かー」
誰かが言った。
「あ、
後夜祭もあるじゃん!」
「浴衣どうする?」
「着る!」
一気に盛り上がる女子たち。
透真は顔を上げた。
「浴衣かあ」
「お前絶対似合うじゃん」
裕翔が即答する。
「そう?」
「そう」
また本人だけ自覚がない。
裕翔は笑いながら、
ラムネ箱を片付ける。
「ていうか、
明日天文部みんなで浴衣着る約束してただろ」
「あ」
「忘れてたな?」
「いや、
忘れてない!」
「怪しい」
クラスメイトたちが笑う。
透真は少し照れながら頭を掻いた。
「でも楽しみだな」
その声は、
本当に嬉しそうだった。
☆
その頃。
天文部教室。
片付け途中の暗い教室には、
まだ星座パネルが並んでいた。
暗幕越しの薄暗い空間。
文化祭後独特の、
少し静かな空気。
昴が投影機を片付けながら、
小さく息を吐く。
「今年、
かなり人多かったな」
「ねー」
和希が椅子へ座り込む。
「去年より忙しかったかも」
伊織が静かに頷いた。
「口コミ広がってる感じした」
「透真くん目当ての子もいたよね」
和希が笑う。
昴は少しだけ苦笑した。
否定できなかった。
☆
その時。
教室扉が開く。
「失礼しまーす」
透真だった。
後ろには琉衣。
もうセットである。
「お疲れさまです!」
透真は教室中央を見回し、
ふわっと笑った。
「今日めちゃくちゃ楽しかったですね」
その声は、
去年と変わらない。
純粋に、
文化祭を楽しんでいる声。
昴はそんな透真を見ながら、
少しだけ静かに言った。
「……今年で最後なんだよな」
一瞬、
教室が静かになる。
文化祭。
後夜祭。
この空気。
和希と昴にとっては、
全部最後だった。
「そっか」
透真が小さく呟く。
でも。
その声には、
まだ実感が薄い。
卒業なんて、
まだ少し先の話みたいだった。
和希が笑った。
「まあ、
まだ終わってないけどね」
「ですよね!」
透真はすぐ笑う。
「明日も絶対楽しいです」
その言い方が、
あまりにも透真らしくて。
教室の空気が少し和らいだ。
☆
帰り際。
校舎は、
ほとんど人がいなくなっていた。
昼間あんなに騒がしかった廊下が、
今は静かだった。
窓の外には、
夜の空。
文化祭の装飾だけが、
まだ少し浮かれているみたいに見える。
透真は廊下を歩きながら、
小さく笑った。
「なんか、
学校じゃないみたいですね」
琉衣が隣で頷く。
「わかります」
少し前を歩く和希と昴。
その背中を見ながら、
透真はふと思った。
来年。
この二人はいない。
その想像だけ、
少し不思議だった。
でもまだ。
寂しいより先に、
明日が楽しみだった。
文化祭は、
まだ終わっていない。
読んでいただきありがとうございます!
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