【第9章】第4話「文化祭一日目」
朝。
校門前には、
すでに長い列ができていた。
保護者。
近隣住民。
高校見学へ来た中学生。
文化祭パンフレットを手にした人たちが、
開門を待っている。
「うわ……もうこんな人いる」
透真が目を丸くした。
その横で、
裕翔が笑う。
「文化祭だぞ?
そりゃいるだろ」
二人とも、
クラスTシャツに半被姿だった。
まだ朝なのに、
学校全体が妙に明るい。
廊下には装飾。
色とりどりの看板。
遠くから、
吹奏楽部の音合わせも聞こえてくる。
今日だけは、
学校全部がお祭りみたいだった。
☆
「いらっしゃいませー!」
一般公開開始直後。
透真たちのクラスの縁日は、
一気に人で埋まった。
射的。
ヨーヨー釣り。
輪投げ。
小さい子どもたちが、
楽しそうに走り回っている。
「お兄ちゃん!
これ取れないー!」
「どれどれ?」
透真がしゃがみ込む。
目線を合わせて、
優しく輪投げのコツを教える。
その横で、
裕翔がラムネ箱を抱えながら笑った。
「お前ほんと、
こういうの向いてるよな」
「そう?」
「そう」
透真本人は、
やっぱり分かっていない。
でも。
透真がいるだけで、
教室の空気が柔らかくなる。
子どもたちも。
クラスメイトも。
自然と笑顔になる。
「透真ー!
ラムネ追加!」
「はーい!」
呼ばれれば、
すぐそっちへ行く。
笑って。
動いて。
気付けば、
教室の真ん中にいる。
裕翔はその姿を見ながら、
小さく笑った。
昔からそうだった。
透真の周りだけ、
なんとなく人が集まる。
☆
「透真先輩」
気付けば、
琉衣が横に立っていた。
透真:
「え、琉衣くん」
琉衣:
「こんにちは」
裕翔:
「お前また来てんの?」
裕翔が呆れたように言う。
琉衣は涼しい顔だった。
「休憩です」
「絶対違う」
「失礼ですね」
でもそのまま動かない。
透真が苦笑する。
「展示大丈夫?」
「今はクラスメイトがいるので、
僕の当番は終わりました」
つまり問題ないらしい。
「そっか」
透真はそれ以上深く考えない。
その自然さに、
裕翔が小さく吹き出した。
「もう普通に居るな」
「居ますよ」
琉衣は当然みたいに答えた。
☆
校舎を歩けば、
どこも賑やかだった。
軽音部ライブ。
吹奏楽部コンサート。
模擬店の匂い。
お化け屋敷から聞こえる悲鳴。
走り回る生徒。
笑い声。
文化祭独特の、
少し浮ついた空気。
透真はそれを全部楽しそうに見ていた。
「やっぱ文化祭好きだなあ」
ぽつりと零れる。
裕翔が笑った。
「毎年言ってそう」
「言うかも」
本気で答える。
☆
昼過ぎ。
天文部展示前には、
長い列ができていた。
『天文部プラネタリウム』
去年より、
明らかに人が多い。
「最後尾こちらです」
琉衣が列整理をしている。
去年。
迷子だった中学生。
今年は、
完全に運営側だった。
「琉衣くんー、
次案内できる?」
教室から透真が顔を出す。
「はい、大丈夫です!」
その声が、
少し嬉しそうだった。
☆
暗い教室。
照明が落ちる。
静かな空気。
数秒後。
天井いっぱいに、
星空が広がった。
小さな歓声が漏れる。
透真は投影機前へ立った。
「本日は、
天文部プラネタリウムへようこそ」
去年より、
ずっと落ち着いた声だった。
「今日は、
秋の星座を紹介します」
星空がゆっくり動き始める。
「こちらがペガスス座。
秋の四辺形って呼ばれていて――」
話し始めた瞬間。
空気が変わる。
星を語る時だけ、
透真の目は少し違った。
夢中で。
真っ直ぐで。
好きが全部出ている。
聞いている側まで、
自然と楽しくなる声。
最前列の子どもが、
目を輝かせていた。
保護者たちも、
静かに聞き入っている。
琉衣は教室後方から、
その横顔を見ていた。
去年と同じだった。
迷子だった自分へ、
優しく笑ってくれた先輩。
星を話す時だけ、
少し違う顔になる人。
あの時からずっと、
目が離せなかった。
☆
投影終了後。
「ありがとうございました」
拍手が起こる。
来場者たちが、
笑顔で教室を出ていく。
「すごかった!」
「星綺麗だったー!」
「また来たい!」
そんな声が、
次々聞こえてくる。
透真は少し照れながら笑った。
「ありがとうございます」
その瞬間。
「透真先輩!」
「さっきのお兄ちゃん!」
「質問していい!?」
気付けば、
透真の周りへ人が集まっていた。
子どもたち。
来場者。
後輩。
クラスメイト。
みんな自然に、
透真へ話しかけている。
透真本人は、
いつも通りだった。
ただ、
楽しそうに答えているだけ。
でも。
その姿に、
人が惹かれていく。
☆
教室後方。
和希がその光景を見ながら、
小さく笑った。
「ほんと、
人集まるよね」
昴は静かに頷く。
「ああ」
去年は、
緊張で台本を握りしめていた。
解説前、
何度も深呼吸していた一年生。
でも今は違う。
透真がいることで、
この教室の空気がまとまる。
自然に、
人が笑う。
和希がふっと目を細めた。
「来年、
俺らいなくても大丈夫そうだね」
冗談っぽい声。
でも。
昴は少し黙ったあと、
静かに返す。
「……そうだな」
その言葉には、
少しだけ寂しさが混じっていた。
☆
教室後方。
神代先生は腕を組みながら、
静かにその景色を見ていた。
去年。
透真は、
まだ守られる側だった。
和希や昴の後ろで、
夢中に星を語っていた一年生。
でも今は違う。
人が集まる。
空気の中心になる。
後輩がついてくる。
天文部自体が、
自然と透真を軸に回り始めている。
それを、
本人だけが知らない。
神代先生は、
小さく目を細めた。
時間は、
静かに流れていく。
☆
夕方。
窓の外が、
少しずつオレンジ色へ染まっていく。
校内放送から、
軽音部ライブ終了のアナウンス。
遠くから、
まだ笑い声が聞こえる。
文化祭一日目は、
もうすぐ終わる。
「楽しかったー!」
透真が椅子へ座り込みながら笑った。
額には少し汗。
でも表情は、
満足そうだった。
その姿を見ながら、
和希がふっと笑う。
「まだ一日目だけどね」
「え、もう十分楽しいです」
本気で言う。
昴はそんな透真を見ながら、
窓の外へ視線を向けた。
夕焼けの空。
去年と同じ景色。
でも。
きっと来年は、
少し違って見える。
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