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【第9章】第3話「迷子の中学生」


文化祭まで、

あと二日。


放課後の天文部教室は、

今日も準備で慌ただしかった。


「透真先輩、

このパネルどこ置きます?」


「それ入口側にお願いー」


「了解です」


琉衣が素直に頷く。


去年、

迷子だった中学生は、

今では当たり前みたいに天文部にいた。



「そういえば」


和希がふと思い出したように言う。


「琉衣くんって、

去年文化祭来てたんだよね?」


「来てました」


「その時もう、

透真くんに懐いてたもんな〜」


「懐いてたってなんですか」


「犬みたいだった」


「否定できないな」


昴まで言う。


「昴先輩まで!?」


教室が笑いに包まれる。


その中で、

透真だけが少し首を傾げた。


「……あれ、

でも琉衣くんって、

去年なんで天文部来たんだっけ」


その瞬間。


琉衣が少しだけ目を丸くする。


「覚えてないんですか」


「いや、

来てくれたのは覚えてる!」


透真は慌てて言った。


「えっと……

星好きな子だーって思った記憶はある」


琉衣の視線が、

少しだけ揺れる。


「……それ、

覚えてたんですね」


「だって、

“天文部行きたい”って言われたから」


透真は普通に答える。


「嬉しかったし」


悪気ゼロだった。


でも琉衣には、

かなり効いた。



去年。


文化祭当日。


校舎は、

今よりもっと騒がしく感じた。


知らない教室。


人混み。


笑い声。


どこを歩いているかも分からない。


友達とはぐれた。


スマホを見ても、

通知は返ってこない。


少しだけ、

心細かった。


その時。


「大丈夫?」


柔らかい声が聞こえた。


振り返る。


夕暮れの渡り廊下。


逆光の中。


高校の制服を着た男子生徒が、

こちらを覗き込んでいた。


黒髪。


優しそうな目。


少し心配そうな表情。


――綺麗だ。


最初に浮かんだのは、

そんな感想だった。


「迷った?」


困らせないような声。


琉衣は小さく頷く。


「友達と……

はぐれて」


「そっか」


その返事が、

驚くほど自然だった。


笑わない。


子ども扱いしない。


ただ普通に受け止めてくれる。


それだけで、

少し安心した。


「行きたい場所とかある?」


琉衣は少し迷ってから、

小さく言った。


「……天文部」


その瞬間。


男子生徒の顔が、

ぱっと明るくなった。


「ほんと?」


「……はい」


「じゃあ案内する!」


その笑顔が、

やけに眩しかった。



「俺、

星宮透真」


歩きながら、

透真が振り返る。


「一年」


「……神崎琉衣です」


「琉衣くん、

星好きなの?」


「ちょっとだけ」


「そっか!」


透真は、

それだけで嬉しそうだった。


廊下を歩く途中も、

いろんな人に声を掛けられる。


「透真ー!」


「あとで来て!」


そのたびに、

ちゃんと笑って返していた。


琉衣は、

その姿を静かに見ていた。


透真の周りだけ、

空気が柔らかい。


そんな気がした。



案内された教室。


『天文部プラネタリウム』


大きな看板。


暗い入口。


小さな歓声。


「入る?」


透真が笑う。


琉衣は頷いた。


教室へ入った瞬間。


天井いっぱいの星空が広がった。


「わ……」


思わず声が漏れる。


「すごいでしょ」


透真が少し嬉しそうに言った。


その時。


「透真」


低い声。


昴だった。


「次の投影準備する」


「うん、今行く」


その横から、

和希が顔を出す。


「その子、

お客さん?」


「迷子だったから連れてきた」


「あーなるほど」


和希は優しく笑った。


「ゆっくり見てってね」


その空気が、

やけに心地良かった。



投影が始まる。


暗い教室。


広がる星空。


そして。


前へ立った透真が、

静かに話し始めた。


「今日は秋の星座を紹介します」


その瞬間。


空気が変わった。


楽しそうで。


真っ直ぐで。


好きが全部出ている声。


「これはペガスス座」


「秋の四辺形って呼ばれてて――」


琉衣は、

気付けば星じゃなく、

透真を見ていた。


夢中で星を語る横顔。


その姿が、

どうしても目に焼き付いた。



「……琉衣くん?」


現在。


透真の声で、

琉衣ははっと顔を上げた。


「ぼーっとしてる」


「……してません」


「ほんと?」


少し笑いながら、

透真が星座パネルを抱え直す。


去年と変わらない声。


でも違う。


去年は、

遠くから見ていた。


今は、

同じ教室にいる。


同じ天文部で、

同じ文化祭を作っている。


その事実が、

少しだけ夢みたいだった。


「文化祭、

楽しみだね」


透真が言う。


去年と同じ笑顔。


でも。


今年の琉衣は、

もう迷子じゃなかった。

読んでいただきありがとうございます!

毎日21時に投稿予定です५✍⋆*

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