【第9章】第3話「迷子の中学生」
文化祭まで、
あと二日。
放課後の天文部教室は、
今日も準備で慌ただしかった。
「透真先輩、
このパネルどこ置きます?」
「それ入口側にお願いー」
「了解です」
琉衣が素直に頷く。
去年、
迷子だった中学生は、
今では当たり前みたいに天文部にいた。
☆
「そういえば」
和希がふと思い出したように言う。
「琉衣くんって、
去年文化祭来てたんだよね?」
「来てました」
「その時もう、
透真くんに懐いてたもんな〜」
「懐いてたってなんですか」
「犬みたいだった」
「否定できないな」
昴まで言う。
「昴先輩まで!?」
教室が笑いに包まれる。
その中で、
透真だけが少し首を傾げた。
「……あれ、
でも琉衣くんって、
去年なんで天文部来たんだっけ」
その瞬間。
琉衣が少しだけ目を丸くする。
「覚えてないんですか」
「いや、
来てくれたのは覚えてる!」
透真は慌てて言った。
「えっと……
星好きな子だーって思った記憶はある」
琉衣の視線が、
少しだけ揺れる。
「……それ、
覚えてたんですね」
「だって、
“天文部行きたい”って言われたから」
透真は普通に答える。
「嬉しかったし」
悪気ゼロだった。
でも琉衣には、
かなり効いた。
☆
去年。
文化祭当日。
校舎は、
今よりもっと騒がしく感じた。
知らない教室。
人混み。
笑い声。
どこを歩いているかも分からない。
友達とはぐれた。
スマホを見ても、
通知は返ってこない。
少しだけ、
心細かった。
その時。
「大丈夫?」
柔らかい声が聞こえた。
振り返る。
夕暮れの渡り廊下。
逆光の中。
高校の制服を着た男子生徒が、
こちらを覗き込んでいた。
黒髪。
優しそうな目。
少し心配そうな表情。
――綺麗だ。
最初に浮かんだのは、
そんな感想だった。
「迷った?」
困らせないような声。
琉衣は小さく頷く。
「友達と……
はぐれて」
「そっか」
その返事が、
驚くほど自然だった。
笑わない。
子ども扱いしない。
ただ普通に受け止めてくれる。
それだけで、
少し安心した。
「行きたい場所とかある?」
琉衣は少し迷ってから、
小さく言った。
「……天文部」
その瞬間。
男子生徒の顔が、
ぱっと明るくなった。
「ほんと?」
「……はい」
「じゃあ案内する!」
その笑顔が、
やけに眩しかった。
☆
「俺、
星宮透真」
歩きながら、
透真が振り返る。
「一年」
「……神崎琉衣です」
「琉衣くん、
星好きなの?」
「ちょっとだけ」
「そっか!」
透真は、
それだけで嬉しそうだった。
廊下を歩く途中も、
いろんな人に声を掛けられる。
「透真ー!」
「あとで来て!」
そのたびに、
ちゃんと笑って返していた。
琉衣は、
その姿を静かに見ていた。
透真の周りだけ、
空気が柔らかい。
そんな気がした。
☆
案内された教室。
『天文部プラネタリウム』
大きな看板。
暗い入口。
小さな歓声。
「入る?」
透真が笑う。
琉衣は頷いた。
教室へ入った瞬間。
天井いっぱいの星空が広がった。
「わ……」
思わず声が漏れる。
「すごいでしょ」
透真が少し嬉しそうに言った。
その時。
「透真」
低い声。
昴だった。
「次の投影準備する」
「うん、今行く」
その横から、
和希が顔を出す。
「その子、
お客さん?」
「迷子だったから連れてきた」
「あーなるほど」
和希は優しく笑った。
「ゆっくり見てってね」
その空気が、
やけに心地良かった。
☆
投影が始まる。
暗い教室。
広がる星空。
そして。
前へ立った透真が、
静かに話し始めた。
「今日は秋の星座を紹介します」
その瞬間。
空気が変わった。
楽しそうで。
真っ直ぐで。
好きが全部出ている声。
「これはペガスス座」
「秋の四辺形って呼ばれてて――」
琉衣は、
気付けば星じゃなく、
透真を見ていた。
夢中で星を語る横顔。
その姿が、
どうしても目に焼き付いた。
☆
「……琉衣くん?」
現在。
透真の声で、
琉衣ははっと顔を上げた。
「ぼーっとしてる」
「……してません」
「ほんと?」
少し笑いながら、
透真が星座パネルを抱え直す。
去年と変わらない声。
でも違う。
去年は、
遠くから見ていた。
今は、
同じ教室にいる。
同じ天文部で、
同じ文化祭を作っている。
その事実が、
少しだけ夢みたいだった。
「文化祭、
楽しみだね」
透真が言う。
去年と同じ笑顔。
でも。
今年の琉衣は、
もう迷子じゃなかった。
読んでいただきありがとうございます!
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