【第9章】第2話「星を映す準備」
放課後。
文化祭前の校舎は、
どこへ行っても騒がしかった。
廊下を歩けば、
段ボールを運ぶ生徒とぶつかりそうになる。
遠くから、
吹奏楽部の音。
軽音部のギター。
笑い声。
ペンキの匂い。
学校全体が、
文化祭へ向かって動いていた。
☆
「透真、
そっち持てる?」
「持てます!」
天文部展示教室。
透真は段ボール箱を抱えながら、
暗幕の隙間をくぐった。
教室の中は薄暗い。
窓はほとんど覆われ、
昼間なのに夜みたいだった。
「去年より暗くできそうですね」
「その分、
足元危ないけどな」
昴が脚立の上から返す。
投影機の位置調整中らしい。
和希は床へ座り込み、
星座解説用のパネルを切っていた。
「去年、
透真くんコード踏みそうになってたよね」
「まだ言うんですか!?」
「だって面白かったし」
「笑い事じゃなかったです!」
琉衣がくすっと笑う。
その横で、
伊織が静かに座席位置を調整していた。
「今年、
人数多そう」
「去年、
評判よかったからな」
昴が答える。
「透真の解説目当ても増えてると思う」
和希がさらっと言った。
「やめてくださいって……」
でも否定しながら、
透真は少し照れくさそうだった。
☆
「琉衣くん、
そっち暗くない?」
「大丈夫です」
「ほんと?」
「はい」
透真は教室中央へ戻り、
投影位置を見上げる。
去年、
自分が昴に教わっていた場所。
今は自然に、
後輩へ声を掛けている。
その様子を見ながら、
神代先生は教室後方で静かに目を細めた。
時間は、
ちゃんと流れている。
☆
「透真、
この星座説明どう?」
和希が紙を掲げる。
『秋の四辺形』
手描きのイラスト付き。
「わ、わかりやすい!」
「でしょー?」
「でもここ、
もうちょい星同士の距離近いかも」
透真がペンを取る。
さらさらと線を描き直す。
その瞬間だけ、
表情が変わる。
真剣で。
楽しそうで。
好きがそのまま出る。
琉衣はその横顔を、
静かに見ていた。
去年、
初めて見た時と同じ顔だった。
☆
「……あれ?」
透真が顔を上げる。
「薫?」
教室入口。
薫が立っていた。
「備品借りに来た」
「喫茶店準備?」
「まあ」
薫は適当に答えながら、
教室を見回す。
暗幕。
星座パネル。
投影機。
文化祭前独特の、
慌ただしい空気。
「そっちは順調?」
透真が聞く。
「普通」
「絶対忙しいじゃん」
「お前んとこほどじゃねぇ」
そんな会話をしていると、
後ろから小さな声。
「……薫くん?」
振り返る。
紬だった。
手には段ボール箱。
「先生に、
これ天文部に持ってってって」
「あ、ありがとう!」
透真が受け取る。
その間。
薫と紬の間だけ、
少し空気が止まった。
「……メイド喫茶準備?」
薫が聞く。
「うん」
「へえ」
短い返事。
でも、
なぜか少しだけぎこちない。
紬も少し視線を逸らした。
その空気に気付いたのは、
伊織だけだった。
伊織は静かに、
小さく笑う。
☆
「よし、
一回投影してみるか」
昴が言った。
教室の照明が落ちる。
完全な暗闇。
数秒後。
天井いっぱいに、
星空が広がった。
「わ……」
琉衣が小さく息を呑む。
去年、
初めて見た景色。
でも今年は違う。
自分も、
この場所を作る側にいる。
「綺麗……」
紬が呟く。
星明かりが、
暗い教室を静かに照らしていた。
その中央で。
透真が嬉しそうに空を見上げている。
昴はその姿を見ながら、
ふっと目を細めた。
去年より、
ずっと自然だった。
誰かに守られていた一年生は、
もういない。
今の透真は、
ちゃんとこの場所の中心に立っている。
☆
帰る頃には、
空はもう暗くなっていた。
校舎の窓から、
あちこちの準備灯りが見える。
文化祭まで、
あと少し。
その時間さえ、
どこか特別に思えた。
読んでいただきありがとうございます!
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