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【第8章】第9話「2度目の夏」


 合宿最終日の朝。


 山の空気は少し冷たかった。


 窓の外では、

蝉の声がもう響いている。



「ねむ……」


 裕翔が机に突っ伏す。


「昨日一番騒いでたもんね」


 夕花が笑った。


「お前もだろ……」


「楽しかったから仕方ない!」


 朝から騒がしい。


 でもどこか、

昨日より柔らかい空気だった。



 部屋の隅では、

薫が機材ケースを閉じている。


「ちゃんと数確認した?」


 透真が覗き込む。


「してる」


「レンズキャップは?」


「ある」


「コード類」


「だからあるって」


 薫が少し呆れた顔をする。


 でも。


 透真が隣で機材を確認していることを、

もう誰も不思議に思わなかった。



 去年。


 透真は、

全部先輩たちに教わっていた。


 望遠鏡の扱いも。


 機材の運び方も。


 観測準備も。



 でも今は違う。


「琉衣くん、

そのケースこっちお願い!」


「はい」


 琉衣が自然に動く。


「重くない?」


「大丈夫です」


「ほんと?」


「先輩の方が心配です」


「え〜?」


 琉衣は小さく笑った。


 その距離感は、

もうかなり自然だった。



 廊下では、

紬と伊織がしおりをまとめている。


「これ先生に返す分」


「ありがとう」


 伊織が静かに受け取る。


 その横を、

夕花が元気に通り過ぎた。


「忘れ物ない!?」


「夕花ちゃんが一番怪しい」


「ひどい!」


 笑い声が広がる。



 神代先生は、

そんな生徒たちを少し離れた場所から見ていた。


 去年より増えた人数。


 変わった空気。


 変わった距離。


 でも。


 騒がしさの中心には、

自然と透真がいる。



「神代先生〜、

薫が細かいです」


「機材壊すよりマシだろ」


「先生まで!」


 透真が抗議する。


 そのやり取りに、

和希が吹き出した。



「去年さぁ、

透真まだ完全に“ついてく側”だったよね」


 和希が笑う。


「木星見えるだけで大騒ぎしてた」


 昴も静かに言う。


「今年もしましたけど!?」


「してたねぇ」


「否定できねえな」


 裕翔まで笑った。



 透真は少しむっとする。


 でも。


 自分でも分かっていた。


 去年とは違う。


 立ち位置が変わった。



 後輩ができた。


 誰かに教えることが増えた。


 自然と、

周りを見るようになった。


 でも。


 星が好きな気持ちは、

何も変わっていない。



 宿を出る前。


 透真はふと空を見上げた。


 朝の青空。


 去年見た空と、

同じ色だった。



「透真先輩」


 隣に琉衣が並ぶ。


「帰りたくないですか?」


「んー」


 透真は少し考える。


「帰りたくないっていうか」


 それから。


 ゆっくり笑った。


「去年より、

もっと楽しいかも」



 一瞬だけ、

みんな静かになる。


 和希が優しく目を細めた。


 昴も小さく笑う。


 裕翔は「だろうな」みたいな顔。


 夕花は嬉しそうで。


 紬は柔らかく微笑んでいた。


 薫は呆れた顔をしているけど、

少しだけ空気が優しい。


 伊織も静かに空を見上げる。



 琉衣は、

その横顔を見つめていた。


 去年の透真は知らない。


 でも。


 今年の夏は、

ちゃんとここにいる。



「……俺もです」


 小さく呟く。


「ん?」


「なんでもないです」


 琉衣は笑った。



 山の上を、

夏の風が吹き抜けていく。


 変わったものはたくさんある。


 人数も。


 距離も。


 関係も。


 でも。


 空だけは、

あの日と変わらない。



 そして。


 その空の下には、

今年も天文部がいた。


 もう誰も、

琉衣を“新入り”とは思っていない。


 ちゃんとそこにいる。


 この夏を一緒に過ごした、

天文部の一員として。



 神代先生は、

そんな生徒たちを静かに見渡した。


 去年とは違う景色。


 でも。


 悪くない。


 むしろ、

少し眩しいくらいだった。



「ほら、

バス来るぞ」


 神代先生の声で、

みんなが動き出す。


 賑やかな声。


 笑い声。


 夏の終わりにはまだ早い。


 でも。


 “2度目の夏”は、

確かにそこに残っていた。

読んでいただきありがとうございます!

毎日21時に投稿予定です५✍⋆*

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