【第8章】第9話「2度目の夏」
合宿最終日の朝。
山の空気は少し冷たかった。
窓の外では、
蝉の声がもう響いている。
☆
「ねむ……」
裕翔が机に突っ伏す。
「昨日一番騒いでたもんね」
夕花が笑った。
「お前もだろ……」
「楽しかったから仕方ない!」
朝から騒がしい。
でもどこか、
昨日より柔らかい空気だった。
☆
部屋の隅では、
薫が機材ケースを閉じている。
「ちゃんと数確認した?」
透真が覗き込む。
「してる」
「レンズキャップは?」
「ある」
「コード類」
「だからあるって」
薫が少し呆れた顔をする。
でも。
透真が隣で機材を確認していることを、
もう誰も不思議に思わなかった。
☆
去年。
透真は、
全部先輩たちに教わっていた。
望遠鏡の扱いも。
機材の運び方も。
観測準備も。
☆
でも今は違う。
「琉衣くん、
そのケースこっちお願い!」
「はい」
琉衣が自然に動く。
「重くない?」
「大丈夫です」
「ほんと?」
「先輩の方が心配です」
「え〜?」
琉衣は小さく笑った。
その距離感は、
もうかなり自然だった。
☆
廊下では、
紬と伊織がしおりをまとめている。
「これ先生に返す分」
「ありがとう」
伊織が静かに受け取る。
その横を、
夕花が元気に通り過ぎた。
「忘れ物ない!?」
「夕花ちゃんが一番怪しい」
「ひどい!」
笑い声が広がる。
☆
神代先生は、
そんな生徒たちを少し離れた場所から見ていた。
去年より増えた人数。
変わった空気。
変わった距離。
でも。
騒がしさの中心には、
自然と透真がいる。
☆
「神代先生〜、
薫が細かいです」
「機材壊すよりマシだろ」
「先生まで!」
透真が抗議する。
そのやり取りに、
和希が吹き出した。
☆
「去年さぁ、
透真まだ完全に“ついてく側”だったよね」
和希が笑う。
「木星見えるだけで大騒ぎしてた」
昴も静かに言う。
「今年もしましたけど!?」
「してたねぇ」
「否定できねえな」
裕翔まで笑った。
☆
透真は少しむっとする。
でも。
自分でも分かっていた。
去年とは違う。
立ち位置が変わった。
☆
後輩ができた。
誰かに教えることが増えた。
自然と、
周りを見るようになった。
でも。
星が好きな気持ちは、
何も変わっていない。
☆
宿を出る前。
透真はふと空を見上げた。
朝の青空。
去年見た空と、
同じ色だった。
☆
「透真先輩」
隣に琉衣が並ぶ。
「帰りたくないですか?」
「んー」
透真は少し考える。
「帰りたくないっていうか」
それから。
ゆっくり笑った。
「去年より、
もっと楽しいかも」
☆
一瞬だけ、
みんな静かになる。
和希が優しく目を細めた。
昴も小さく笑う。
裕翔は「だろうな」みたいな顔。
夕花は嬉しそうで。
紬は柔らかく微笑んでいた。
薫は呆れた顔をしているけど、
少しだけ空気が優しい。
伊織も静かに空を見上げる。
☆
琉衣は、
その横顔を見つめていた。
去年の透真は知らない。
でも。
今年の夏は、
ちゃんとここにいる。
☆
「……俺もです」
小さく呟く。
「ん?」
「なんでもないです」
琉衣は笑った。
☆
山の上を、
夏の風が吹き抜けていく。
変わったものはたくさんある。
人数も。
距離も。
関係も。
でも。
空だけは、
あの日と変わらない。
☆
そして。
その空の下には、
今年も天文部がいた。
もう誰も、
琉衣を“新入り”とは思っていない。
ちゃんとそこにいる。
この夏を一緒に過ごした、
天文部の一員として。
☆
神代先生は、
そんな生徒たちを静かに見渡した。
去年とは違う景色。
でも。
悪くない。
むしろ、
少し眩しいくらいだった。
☆
「ほら、
バス来るぞ」
神代先生の声で、
みんなが動き出す。
賑やかな声。
笑い声。
夏の終わりにはまだ早い。
でも。
“2度目の夏”は、
確かにそこに残っていた。
読んでいただきありがとうございます!
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