【第8章】第7話「肝試し 後編」
夜の山道。
懐中電灯の明かりだけが、
細い道をぼんやり照らしていた。
☆
「絶対怖くないし!」
夕花は元気だった。
その隣で、
裕翔が嫌そうな顔をする。
「先言っとくけど叫ぶなよ!?」
「叫ばないって!」
「お前さっきから声デカいんだよ」
「だってテンション上がるじゃん!」
夏の夜。
山の空気。
遠くで鳴く虫の声。
夕花は普通に楽しそうだった。
☆
「でも結構暗いね」
「まあ山だし」
「うわ、
なんか揺れた!」
「木だろ」
「え〜ほんとに?」
そんな会話をしながら、
二人は山道を進んでいく。
その時。
ガサッ。
「「うわぁっ!?」」
二人同時に飛び上がった。
「ちょ、何!?」
「知らねえよ!?」
慌てて懐中電灯を向ける。
でも何もいない。
数秒の沈黙。
「……風?」
「びっくりしたぁ……」
夕花が胸を押さえる。
裕翔も普通に顔が引きつっていた。
☆
その直後。
後ろから低い声が落ちる。
「静かにしろ」
「「うわぁぁぁぁっ!!?」」
完全に悲鳴だった。
振り返る。
そこにいたのは。
懐中電灯を下から照らした、
神代先生。
「先生ぇぇぇ!!」
「怖っっっ!!」
夕花が本気で叫ぶ。
神代先生は真顔だった。
「近所迷惑」
「先生が一番怖いって!」
裕翔が抗議する。
でも。
神代先生の口元は、
少しだけ笑っていた。
☆
「一組目帰還〜」
和希が楽しそうに手を振る。
「うるさかったなぁ」
「先生が悪い!」
「成功ってことだねぇ」
昴は少し離れた場所で、
静かに笑っていた。
☆
「次、
薫くん&紬ちゃん」
「……行くぞ」
薫が立ち上がる。
紬は小さく頷いた。
「よろしくお願いします」
☆
二組目は静かだった。
山道。
小さい懐中電灯。
虫の声。
夜風。
さっきまでの騒がしさが、
嘘みたいに遠い。
☆
「……暗いね」
紬がぽつりと言う。
「山だからな」
「薫くん、
怖くないの?」
「別に」
即答。
でも歩幅はちゃんと合わせている。
紬が遅れそうになると、
自然に少しだけ速度を落とした。
☆
ガサッ。
草が揺れる。
紬の肩が小さく跳ねた。
「……っ」
「ただの風だろ」
「……でもちょっと怖いかも」
すると薫は少し黙ってから、
「……ならもっとこっち歩け」
と言った。
「え」
「そっち暗い」
ぶっきらぼう。
でも優しい。
紬は少しだけ目を丸くして、
それから小さく笑った。
「ありがとう」
「別に」
耳だけ少し赤い。
☆
少し先。
木陰から、
和希がそっと顔を出す。
「昴くん、
このペア静かすぎない?」
「薫だから」
「青春だねぇ」
「お前が言うと軽い」
その横で。
伊織は静かに立っていた。
「……俺必要ですか」
「必要必要」
「なんで」
☆
二組目も無事戻ってくる。
「おかえり〜」
和希が笑う。
紬は少し安心した顔だった。
薫は疲れた顔をしている。
「……普通に疲れる」
「お疲れ様〜」
☆
そして。
「最後、
透真先輩たちですね」
琉衣が小さく笑った。
☆
山道へ入った瞬間。
透真が周囲を見回す。
「うわ、
思ったより暗いね」
「ですね」
琉衣は自然に、
透真の隣を歩いていた。
距離が近い。
でももう、
透真はあまり気にしていない。
☆
「なんか静かだね〜」
透真が小声で言う。
「先輩と二人だからじゃないですか?」
「え?」
「静かなの好きです」
さらっと言う。
透真は少し笑った。
「琉衣くんって、
たまに変なこと言うよね」
「褒めてます?」
「どうだろ」
笑いながら返す。
☆
その時。
ガサッ!!
「うわっ!?」
透真の肩が跳ねた。
次の瞬間。
琉衣が透真の腕を掴む。
「先輩」
「え、なに!?」
「怖いです」
「えぇ!?」
でも。
琉衣の顔は少し楽しそうだった。
☆
その直後。
木陰から白い影。
「うわぁぁっ!!?」
透真が本気で驚く。
思わず後ろへ下がりそうになった瞬間。
琉衣がそっと肩を支えた。
「大丈夫です」
「び、びっくりした……!」
白い影の正体は。
「和希先輩!?」
「成功〜!」
和希が楽しそうに笑う。
その後ろでは、
昴が呆れた顔をしていた。
「お前驚きすぎ」
「急に出てくるからでしょ!?」
☆
さらにその奥。
木にもたれていた神代先生が、
静かに言う。
「走るなよ」
「先生いたんですか!?」
「見守り役だからな」
「怖いって〜!」
透真が本気で抗議する。
その横で。
琉衣は少しだけ笑っていた。
☆
肝試しが終わった頃には、
みんな少し眠そうだった。
でも。
誰もつまらなそうな顔はしていない。
☆
宿の前。
線香花火みたいに小さな灯りが、
夏の夜を照らしている。
「青春って感じだねぇ」
和希が笑う。
「……まあ、
たまには悪くない」
昴も小さく言った。
「先生ほんと怖かったんですけど!」
裕翔が抗議する。
「お前らが騒ぎすぎなんだ」
神代先生は呆れたように返した。
「裕翔、
一番声大きかった」
伊織が静かに言う。
「は!?」
「三回くらい悲鳴聞こえた」
「数えてたの!?」
夕花が吹き出す。
その横で、
伊織は少しだけ笑った。
紬は静かに微笑み、
薫は疲れた顔をしている。
☆
「伊織全然怖がってなかったよね」
透真が言う。
「脅かす側だったから」
「でもめっちゃ静かだった!」
「和希先輩がうるさかった」
「えっ俺!?」
和希が笑う。
その空気につられるみたいに、
伊織も小さく目を細めた。
☆
その中心で。
透真が楽しそうに笑っている。
去年より少しだけ、
誰かを気にかけるようになった。
でも。
笑い方は変わらない。
☆
神代先生は、
そんな生徒たちを静かに見渡した。
賑やかな声。
夏の夜。
変わっていく関係。
それでも変わらない空気。
神代先生は小さく目を細める。
「……青春だな」
誰にも聞こえないくらい小さな声は、
静かな夏の夜へ溶けていった。
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