【第8章】第5話「眠れない夜」
消灯後。
男子部屋には、
まだ小さな話し声が残っていた。
広い和室。
並べられた布団。
窓の外から聞こえる虫の声。
薄暗い室内には、
どこか合宿特有の浮ついた空気が漂っている。
部屋にいるのは、
透真。
裕翔。
薫。
伊織。
琉衣。
去年。
この部屋で一番騒いでいたのは、
間違いなく透真だった。
☆
「去年の透真、
夜中までずっと窓張り付いてたよな」
裕翔が笑いながら言う。
「そんな張り付いてない!」
「『次あれ見える!?』って
ずっと騒いでた」
薫がぼそっと続けた。
「薫まで!?」
「うるさかった」
「そんなに!?」
「かなり」
即答だった。
透真が布団の上でむっとする。
「今年はちゃんと静かにします〜」
「へえ」
琉衣が少し笑った。
「先輩っぽいですね」
「先輩だからね!」
透真は少し得意げだった。
「夜更かし禁止です」
「説得力ないですよ」
「ある!」
「去年、
一番寝てなかったのに」
「……それは合宿だったから」
「今も合宿ですよ」
「……あ」
言い返せない。
裕翔が吹き出した。
☆
その時。
襖が少し開く。
「消灯時間だ」
神代先生だった。
全員、
ぴたりと止まる。
「「「はーい」」」
返事だけは綺麗だった。
神代先生は少し呆れた顔で部屋を見る。
「騒ぎすぎるなよ」
「はーい」
襖が閉まる。
静寂。
数秒後。
「……先生、
絶対まだ起きてるよな」
裕翔が小声で言った。
「コーヒー飲んでそう」
透真も小声で返す。
「ありえる」
薫がぼそっと言う。
結局また喋り始める。
誰も寝る気がなかった。
☆
一方その頃。
女子部屋。
「透真くん、
絶対まだ起きてるよね」
紬がくすっと笑う。
「分かる」
夕花が即答した。
「去年も夜中まで元気だったし」
「今年は先輩だから、
静かにしようとしてそう」
「で、
数分後普通に笑ってる」
「想像できる……」
二人が小さく笑う。
窓の外には、
静かな夏の夜空が広がっていた。
☆
さらに別の部屋。
和希と昴は、
去年と同じ先輩部屋にいた。
「去年は透真くん、
完全に後輩だったのにねぇ」
和希が布団へ寝転がりながら言う。
「今年は琉衣くんに説明してた」
昴が静かに返す。
「成長だ」
「でも騒ぐ時は変わんないよねぇ」
「それは変わらない」
二人とも少し笑う。
去年。
星を見て大騒ぎしていた透真。
その透真が、
今年は後輩を連れて同じ場所へ来ている。
時間はちゃんと進んでいた。
☆
男子部屋。
さっきまで騒がしかった空気が、
少しずつ静かになっていく。
透真は布団へ転がりながら、
小さく欠伸をした。
「ん……」
「透真先輩、
もう眠そう」
琉衣がすぐ隣で言う。
「ちょっとだけ……」
「絶対ちょっとじゃないですよね」
「だいじょうぶ……」
もう語尾が眠い。
透真はそのまま布団へ顔を埋めた。
☆
数分後。
「……寝た?」
裕翔が小声で聞く。
薫がちらりと視線を向ける。
透真は完全に寝ていた。
無防備だった。
少し乱れた髪。
布団を抱えるみたいに丸まる姿。
小さな寝息。
「……」
裕翔が黙る。
「……」
薫も黙る。
伊織だけが、
静かに目を細めていた。
「……安心してる顔」
ぽつりと呟く。
その声は優しかった。
☆
琉衣は、
隣で眠る透真を静かに見つめていた。
昼間はあんなに騒がしいのに。
寝ると急に静かになる。
長い睫毛。
柔らかそうな髪。
無防備な寝顔。
近い。
今すごく近い。
「……ずるい」
小さく呟く。
「何が」
薫が低い声で返した。
琉衣は少し笑う。
「なんでもないです」
でも視線は、
透真から離れなかった。
☆
廊下の向こう。
神代先生は缶コーヒーを片手に、
静かな夜を歩いていた。
男子部屋から、
まだ小さな笑い声が聞こえる。
止めようと思えば止められる。
でも。
今しかない時間なのも、
ちゃんと分かっていた。
神代先生は小さく息を吐く。
「……青春だな」
その呟きは、
静かな夏の夜へ溶けていった。
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