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【第8章】第5話「眠れない夜」


 消灯後。


 男子部屋には、

まだ小さな話し声が残っていた。


 広い和室。


 並べられた布団。


 窓の外から聞こえる虫の声。


 薄暗い室内には、

どこか合宿特有の浮ついた空気が漂っている。


 部屋にいるのは、


 透真。

 裕翔。

 薫。

 伊織。

 琉衣。


 去年。


 この部屋で一番騒いでいたのは、

間違いなく透真だった。



「去年の透真、

夜中までずっと窓張り付いてたよな」


 裕翔が笑いながら言う。


「そんな張り付いてない!」


「『次あれ見える!?』って

ずっと騒いでた」


 薫がぼそっと続けた。


「薫まで!?」


「うるさかった」


「そんなに!?」


「かなり」


 即答だった。


 透真が布団の上でむっとする。


「今年はちゃんと静かにします〜」


「へえ」


 琉衣が少し笑った。


「先輩っぽいですね」


「先輩だからね!」


 透真は少し得意げだった。


「夜更かし禁止です」


「説得力ないですよ」


「ある!」


「去年、

一番寝てなかったのに」


「……それは合宿だったから」


「今も合宿ですよ」


「……あ」


 言い返せない。


 裕翔が吹き出した。



 その時。


 襖が少し開く。


「消灯時間だ」


 神代先生だった。


 全員、

ぴたりと止まる。


「「「はーい」」」


 返事だけは綺麗だった。


 神代先生は少し呆れた顔で部屋を見る。


「騒ぎすぎるなよ」


「はーい」


 襖が閉まる。


 静寂。


 数秒後。


「……先生、

絶対まだ起きてるよな」


 裕翔が小声で言った。


「コーヒー飲んでそう」


 透真も小声で返す。


「ありえる」


 薫がぼそっと言う。


 結局また喋り始める。


 誰も寝る気がなかった。



 一方その頃。


 女子部屋。


「透真くん、

絶対まだ起きてるよね」


 紬がくすっと笑う。


「分かる」


 夕花が即答した。


「去年も夜中まで元気だったし」


「今年は先輩だから、

静かにしようとしてそう」


「で、

数分後普通に笑ってる」


「想像できる……」


 二人が小さく笑う。


 窓の外には、

静かな夏の夜空が広がっていた。



 さらに別の部屋。


 和希と昴は、

去年と同じ先輩部屋にいた。


「去年は透真くん、

完全に後輩だったのにねぇ」


 和希が布団へ寝転がりながら言う。


「今年は琉衣くんに説明してた」


 昴が静かに返す。


「成長だ」


「でも騒ぐ時は変わんないよねぇ」


「それは変わらない」


 二人とも少し笑う。


 去年。


 星を見て大騒ぎしていた透真。


 その透真が、

今年は後輩を連れて同じ場所へ来ている。


 時間はちゃんと進んでいた。



 男子部屋。


 さっきまで騒がしかった空気が、

少しずつ静かになっていく。


 透真は布団へ転がりながら、

小さく欠伸をした。


「ん……」


「透真先輩、

もう眠そう」


 琉衣がすぐ隣で言う。


「ちょっとだけ……」


「絶対ちょっとじゃないですよね」


「だいじょうぶ……」


 もう語尾が眠い。


 透真はそのまま布団へ顔を埋めた。



 数分後。


「……寝た?」


 裕翔が小声で聞く。


 薫がちらりと視線を向ける。


 透真は完全に寝ていた。


 無防備だった。


 少し乱れた髪。


 布団を抱えるみたいに丸まる姿。


 小さな寝息。


「……」


 裕翔が黙る。


「……」


 薫も黙る。


 伊織だけが、

静かに目を細めていた。


「……安心してる顔」


 ぽつりと呟く。


 その声は優しかった。



 琉衣は、

隣で眠る透真を静かに見つめていた。


 昼間はあんなに騒がしいのに。


 寝ると急に静かになる。


 長い睫毛。


 柔らかそうな髪。


 無防備な寝顔。


 近い。


 今すごく近い。


「……ずるい」


 小さく呟く。


「何が」


 薫が低い声で返した。


 琉衣は少し笑う。


「なんでもないです」


 でも視線は、

透真から離れなかった。



 廊下の向こう。


 神代先生は缶コーヒーを片手に、

静かな夜を歩いていた。


 男子部屋から、

まだ小さな笑い声が聞こえる。


 止めようと思えば止められる。


 でも。


 今しかない時間なのも、

ちゃんと分かっていた。


 神代先生は小さく息を吐く。


「……青春だな」


 その呟きは、

静かな夏の夜へ溶けていった。

読んでいただきありがとうございます!

毎日21時に投稿予定です५✍⋆*

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