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【第8章】第4話「夏の夜」


 山の夜は静かだった。


 街の光がないぶん、

空が近い。


 屋上へ上がった瞬間、

透真は思わず息を呑んだ。


「……うわ」


 頭上いっぱいに広がる星。


 白く流れる天の川。


 夏の大三角が、

夜空の中心で静かに輝いている。


「すご……」


 透真が小さく呟く。


 その声だけで、

今年も来て良かったと思えた。



「透真くん、

望遠鏡空いたよ〜」


「行きます!」


 和希に呼ばれて、

透真がすぐ駆けていく。


 完全に子どもだった。


 望遠鏡を覗き込んだ瞬間、


「うわっ!!」


 声が弾む。


「めっちゃ綺麗!!」


「今年も大騒ぎだねぇ」


 和希が笑う。


「だって綺麗じゃないですか!」


「知ってる知ってる」


 和希は苦笑しながら、

透真の髪をくしゃっと撫でた。


「テンション上がると、

周り見えなくなるの変わってないね」


「え、見えてます!」


「ほんとに〜?」


「ほんとです!」


 即答だった。


 和希は楽しそうに笑う。


 その空気は、

去年と変わらない。



「昴先輩!」


「ん?」


「この前言ってた星雲ってどれでしたっけ」


 透真が自然に昴の隣へ行く。


 昴は静かに空を見上げた。


「今はまだ低い」


「あ、そっか」


「もう少し待てば見える」


「見たいです」


 本当に素直だった。


 昴は少しだけ目を細める。


「透真、

去年より覚えたな」


「ほんとですか!?」


「少し」


「やった」


 嬉しそうに笑う。


 その顔を見て、

昴も小さく笑った。



「透真ー」


 裕翔が後ろから肩へ腕を回す。


「寝不足顔」


「裕翔もじゃん」


「先輩たち普通に夜更かしするからさ〜」


「合宿だから!」


「透真、

今日も絶対最後まで起きてるだろ」


「起きてる」


「即答」


 裕翔が吹き出す。


 昔から変わらない。


 好きなものの前では、

透真はずっとこうだった。


 だから裕翔は、

少し安心する。



「薫ー!」


「でかい声出すな」


「この前教えてもらったとこ、

ちゃんと解けた!」


「……そう」


「ありがとね」


 透真が笑う。


 薫は少しだけ視線を逸らした。


「別に」


 でもその声は、

前より柔らかい。


 透真は気付いていない。


 薫の隣が、

昔よりずっと自然になっていることに。



「伊織、その本なに?」


 透真が隣を覗き込む。


「星雲の写真集」


「え、見たい」


 伊織が静かにページを開く。


 透真はそのまま隣へ座った。


「うわ、綺麗……」


 小さな声。


 静かな時間。


 伊織は横で、

少しだけ目を細める。


 透真といる沈黙は、

不思議と苦じゃなかった。



「透真くん」


 紬が小さく手を振る。


「見て、

お茶淹れたの」


「え、ありがとう!」


 透真が嬉しそうに笑う。


「夜ちょっと冷えるから」


「優しい……」


「透真くん薄着だし」


「和希先輩にも言われた」


 紬がふふっと笑う。


 透真もつられて笑った。


 紬はその横顔を見ながら、

静かに目を細める。


 こういう穏やかな時間が、

好きだった。



「透真ー!」


 夕花が手を振る。


「花火持ってきた!」


「え、ほんと!?」


「あとでやろ!」


「やる!!」


 透真が即答する。


 夕花が笑った。


「ほんとノリいいよね」


「だって花火好き!」


「子ども?」


「違う!」


 楽しそうな声が夜へ響く。


 夕花は、

透真といる時のこういう空気が好きだった。


 自然に笑える。


 気を使わなくていい。


 それが心地よかった。



「透真先輩」


「ん?」


 振り返ると、

琉衣がすぐ近くにいた。


「見えました?」


「え?」


「さっきの流星」


「うそ!?」


 透真が慌てて空を見る。


「見逃した……!」


「ふふ」


「笑った!?」


「透真先輩、

ほんと分かりやすいですよね」


「だって悔しいし……!」


 琉衣は少しだけ目を細めた。


 楽しそうに笑う透真。


 星を見て、

無邪気にはしゃぐ顔。


 その全部を、

もっと近くで見ていたいと思う。


「次流れたら、

ちゃんと教えます」


「ほんと!?」


「はい」


 その返事は、

少し甘かった。



 少し離れた場所。


 神代先生は缶コーヒーを片手に、

静かに夜空を見上げていた。


 騒がしい声。


 笑い声。


 去年より増えた人数。


 変わっていく距離感。


 でも。


 空を見上げる姿だけは、

みんな同じだった。


 神代先生は小さくコーヒーを飲む。


 その横で、

夏の星空が静かに輝いていた。

読んでいただきありがとうございます!

毎日21時に投稿予定です५✍⋆*

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