【第8章】第4話「夏の夜」
山の夜は静かだった。
街の光がないぶん、
空が近い。
屋上へ上がった瞬間、
透真は思わず息を呑んだ。
「……うわ」
頭上いっぱいに広がる星。
白く流れる天の川。
夏の大三角が、
夜空の中心で静かに輝いている。
「すご……」
透真が小さく呟く。
その声だけで、
今年も来て良かったと思えた。
☆
「透真くん、
望遠鏡空いたよ〜」
「行きます!」
和希に呼ばれて、
透真がすぐ駆けていく。
完全に子どもだった。
望遠鏡を覗き込んだ瞬間、
「うわっ!!」
声が弾む。
「めっちゃ綺麗!!」
「今年も大騒ぎだねぇ」
和希が笑う。
「だって綺麗じゃないですか!」
「知ってる知ってる」
和希は苦笑しながら、
透真の髪をくしゃっと撫でた。
「テンション上がると、
周り見えなくなるの変わってないね」
「え、見えてます!」
「ほんとに〜?」
「ほんとです!」
即答だった。
和希は楽しそうに笑う。
その空気は、
去年と変わらない。
☆
「昴先輩!」
「ん?」
「この前言ってた星雲ってどれでしたっけ」
透真が自然に昴の隣へ行く。
昴は静かに空を見上げた。
「今はまだ低い」
「あ、そっか」
「もう少し待てば見える」
「見たいです」
本当に素直だった。
昴は少しだけ目を細める。
「透真、
去年より覚えたな」
「ほんとですか!?」
「少し」
「やった」
嬉しそうに笑う。
その顔を見て、
昴も小さく笑った。
☆
「透真ー」
裕翔が後ろから肩へ腕を回す。
「寝不足顔」
「裕翔もじゃん」
「先輩たち普通に夜更かしするからさ〜」
「合宿だから!」
「透真、
今日も絶対最後まで起きてるだろ」
「起きてる」
「即答」
裕翔が吹き出す。
昔から変わらない。
好きなものの前では、
透真はずっとこうだった。
だから裕翔は、
少し安心する。
☆
「薫ー!」
「でかい声出すな」
「この前教えてもらったとこ、
ちゃんと解けた!」
「……そう」
「ありがとね」
透真が笑う。
薫は少しだけ視線を逸らした。
「別に」
でもその声は、
前より柔らかい。
透真は気付いていない。
薫の隣が、
昔よりずっと自然になっていることに。
☆
「伊織、その本なに?」
透真が隣を覗き込む。
「星雲の写真集」
「え、見たい」
伊織が静かにページを開く。
透真はそのまま隣へ座った。
「うわ、綺麗……」
小さな声。
静かな時間。
伊織は横で、
少しだけ目を細める。
透真といる沈黙は、
不思議と苦じゃなかった。
☆
「透真くん」
紬が小さく手を振る。
「見て、
お茶淹れたの」
「え、ありがとう!」
透真が嬉しそうに笑う。
「夜ちょっと冷えるから」
「優しい……」
「透真くん薄着だし」
「和希先輩にも言われた」
紬がふふっと笑う。
透真もつられて笑った。
紬はその横顔を見ながら、
静かに目を細める。
こういう穏やかな時間が、
好きだった。
☆
「透真ー!」
夕花が手を振る。
「花火持ってきた!」
「え、ほんと!?」
「あとでやろ!」
「やる!!」
透真が即答する。
夕花が笑った。
「ほんとノリいいよね」
「だって花火好き!」
「子ども?」
「違う!」
楽しそうな声が夜へ響く。
夕花は、
透真といる時のこういう空気が好きだった。
自然に笑える。
気を使わなくていい。
それが心地よかった。
☆
「透真先輩」
「ん?」
振り返ると、
琉衣がすぐ近くにいた。
「見えました?」
「え?」
「さっきの流星」
「うそ!?」
透真が慌てて空を見る。
「見逃した……!」
「ふふ」
「笑った!?」
「透真先輩、
ほんと分かりやすいですよね」
「だって悔しいし……!」
琉衣は少しだけ目を細めた。
楽しそうに笑う透真。
星を見て、
無邪気にはしゃぐ顔。
その全部を、
もっと近くで見ていたいと思う。
「次流れたら、
ちゃんと教えます」
「ほんと!?」
「はい」
その返事は、
少し甘かった。
☆
少し離れた場所。
神代先生は缶コーヒーを片手に、
静かに夜空を見上げていた。
騒がしい声。
笑い声。
去年より増えた人数。
変わっていく距離感。
でも。
空を見上げる姿だけは、
みんな同じだった。
神代先生は小さくコーヒーを飲む。
その横で、
夏の星空が静かに輝いていた。
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