【第7章】第7話「先輩」
六月の終わり。
放課後の空は、
少しずつ夏の色に変わり始めていた。
窓の外では、
運動部の声が遠く聞こえる。
☆
部室の隅。
琉衣は教科書を開いたまま、
難しい顔をしていた。
☆
「……あ」
部室に入ってきた透真が、
足を止める。
「琉衣くん、
疲れてる?」
「え」
顔を上げた琉衣に、
透真が近付く。
☆
「顔、
ちょっと眠そう」
そう言いながら、
自然に隣へ座る。
その距離が近い。
でも、
押し付ける感じは全然ない。
☆
「期末近いので」
「そっかぁ」
透真が教科書を覗き込む。
「数学?」
「はい」
「うわ、
俺も苦手」
真顔だった。
☆
「透真先輩だって、
テスト近いけど大丈夫なんですか?」
琉衣が少し心配そうに聞く。
すると透真は、
けろっと笑った。
「薫に教えてもらうから大丈夫!」
「おい」
少し離れた場所から、
薫の声が飛ぶ。
☆
「また人頼りかよ」
「だって薫、
教えるの上手いし」
「……」
薫が少し黙る。
その空気に、
和希が吹き出した。
「嬉しそうじゃん」
「違ぇよ」
☆
琉衣は、
そのやり取りを静かに見ていた。
自然な距離。
積み重ねた時間。
自分の知らない一年。
☆
でも。
透真はちゃんと、
今は自分の隣にいる。
☆
「ここさ」
透真が教科書を指差す。
「この公式、
去年めっちゃ間違えた」
「誇ることじゃないですよ」
「でも最終的にできた!」
なぜか自慢げだった。
☆
「透真先輩、
教えるの意外と分かりやすいです」
「ほんと!?」
透真の目が輝く。
「やった!」
その笑顔が、
少しだけ“先輩”だった。
☆
観測準備中。
脚立を持とうとした琉衣に。
「重くない?」
透真が声を掛ける。
「大丈夫です」
「ほんと?
無理しないでね」
自然に隣へ行く。
その動きが、
もう当たり前みたいだった。
☆
「透真先輩」
「ん?」
「先輩って、
そういうとこですよね」
「え?」
「……優しいです」
透真は少し照れたように笑った。
「普通だよ」
普通じゃない。
琉衣は心の中で思う。
☆
帰り支度。
窓の外は、
少しだけ夏の夜の色だった。
☆
「そういえばさ!」
透真が空を見上げる。
「期末終わったら、
夏の星見えるよ」
「夏の星座、
好きなんですか?」
「好き!」
透真の目がぱっと輝く。
「夏って、
天の川すごい綺麗なんだよ」
嬉しそうに話す横顔。
琉衣は静かにそれを見る。
☆
「あと夏休み、
天文部合宿あるから」
「え」
「いっぱい星見れるよー」
透真が笑う。
「琉衣くんにも、
夏の星座教えてあげる!」
☆
その瞬間。
琉衣の呼吸が、
少し止まる。
☆
“夏休み”
“合宿”
“一緒に星を見る”
その未来を。
透真は、
当たり前みたいに話す。
☆
「……はい」
琉衣は小さく返事をした。
でも。
胸の奥は、
全然落ち着かなかった。
☆
少し後ろ。
既存メンバーたちは、
その様子を見ていた。
☆
「もう夏合宿の話してる」
夕花が小さく呟く。
「自然に未来へ入れてるねぇ」
和希が苦笑する。
☆
「……ずるい」
裕翔がぼそっと言う。
「何が」
薫が聞き返す。
「透真、
ああいうの無意識だから」
☆
伊織が静かに笑った。
「琉衣くん、
また好きになってる」
「なってる」
紬も小さく頷く。
☆
その中心で。
透真だけが、
いつも通り笑っていた。
自分が今、
どれだけ“先輩”らしい顔をしているのかも知らずに。
読んでいただきありがとうございます!
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