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【第7章】第6話「知らない一年」


初めて透真を見た時のことを、

琉衣は今でも覚えている。



文化祭の日。


夕暮れの渡り廊下。


人の多さに酔って、

友達とはぐれた。


知らない高校。


知らない景色。


少しだけ、

心細かった。



その時。


「大丈夫?」


声を掛けてくれた人がいた。



振り返った先。


夕焼けの光の中で、

その人は立っていた。


黒髪。


柔らかい目。


どこか、

空気が穏やかな人。



「……友達と、

はぐれて」


琉衣が小さく言う。


「そっか」


その返事が、

驚くほど自然だった。


変に笑わない。


子ども扱いもしない。


ただ普通に受け止めてくれる。


それだけで、

少し安心した。



「行きたかった場所とかある?」


「……天文部」


言った瞬間。


男子生徒の顔が、

ぱっと明るくなった。


「ほんと?」


「……はい」


「じゃあ案内する!」


その笑顔が眩しくて、

琉衣は少しだけ目を見開いた。



歩きながら。


透真は楽しそうに話していた。


「今、

プラネタリウムやってるんだ」


「あと今日、

星すごく綺麗でさ」


「夜、

晴れそうなんだよね」


星の話をする時の声が、

本当に楽しそうだった。



その横顔が、

忘れられなかった。



透真はきっと、

覚えていない。


文化祭の日、

迷子の中学生を助けたことなんて。


でも。


琉衣にとっては違った。



受験期。



塾帰り。


疲れた夕方。


偶然また会えた日。


「……琉衣くん?」


名前を呼ばれて。


ちゃんと覚えていてくれて。


琉衣は、

本当に嬉しかった。



「絶対、

この高校行きます」


勇気を出して言った時。


透真は笑った。


「待ってる」



その一言だけで。


また頑張れた。


机に向かいながら。


苦しくなる度、

思い出していた。


「頑張ってるの知ってるから」


あの日。


透真が言ってくれた言葉。



“大丈夫”じゃなくて。


“頑張ってるの知ってる”


だった。


それが、

どうしようもなく嬉しかった。



だから。


入学できた時。


天文部の部活紹介で、

ステージに立つ透真を見た時。


胸が苦しくなるくらい、

嬉しかった。



でも。


入ってみて、

気付いた。



自分の知らない透真が、

たくさんいる。



「ねーねー和希先輩!」


甘えるみたいに笑う顔。


「薫、

ノート貸して!」


遠慮のない距離感。


「昴先輩、

その写真!」


星を話す時の目。


「伊織、

その本面白そう!」


静かな声。


「裕翔、

試合いつ!?」


楽しそうな顔。



みんな。


自然に透真の隣にいる。


当たり前みたいに笑っている。



琉衣は、

それを知らない。



文化祭で見た透真。


受験期に支えになった透真。


それしか知らない。



一年分。


いや。


もっと長い時間。


みんなは、

透真と一緒に過ごしてきた。



部室の窓から、

夕焼けが差し込む。


透真が笑っていた。


「琉衣くん?」


「……はい」


「今日元気ない?」


「そんなことないです」



透真は、

少しだけ不思議そうな顔をする。


それから。


「そっか」


いつも通り笑った。



その笑顔を見ると。


やっぱり好きだと思う。


憧れる。


もっと近付きたい。



知らない時間がある。


知らない一年がある。


それでも。



「透真先輩」


琉衣は小さく呼ぶ。


「ん?」


「今日、

一緒に帰っていいですか」


透真は、

迷いなく頷いた。


「いいよ!」


その返事だけで。


少しだけ、

胸が軽くなる。



まだ知らない時間があるなら。


これから、

増やしていけばいい。


春の風が吹く。


夕焼けの帰り道を。


琉衣は、

透真の少し隣で歩いていた。

読んでいただきありがとうございます!

毎日21時に投稿予定です५✍⋆*

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