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【第4章】第8話 「遠い星」

―第8話「遠い星」



神代は昔、

星が好きだった。


夜更かしして図鑑を読んで。


冬の屋上で空を見上げて。


名前も知らない星を、

必死に探していた。


でも。


大人になるにつれて、

そういう時間は減っていった。


教師になって。


忙しくなって。


いつからか、

空を見上げる余裕もなくなっていた。



「起立、礼」


四月。


新学期。


教室にはまだ少し緊張した空気がある。


神代は出席簿を閉じながら、

教室を見渡した。


その時。


窓際の席。


ひとりだけ、

外を見ている生徒がいた。


星宮透真。


風でカーテンが揺れる。


透真は空を見ていた。


ぼんやり。


でも、

どこか楽しそうに。


神代は少しだけ目を細める。


……変わったやつだな。


それが最初の印象だった。



「星宮」


授業中。


神代が名前を呼ぶ。


透真がハッとして顔を上げた。


「聞いてたか」


「……途中までは」


教室が笑う。


神代は小さくため息を吐いた。


「空見てただろ」


「すみません……」


素直に謝る。


でも。


悪気がないのが分かる。



その日の放課後。


神代は職員室へ戻る途中、

屋上近くで透真を見つけた。


フェンス越しの空。


夕焼け。


透真はまた、

空を見上げている。


「好きだな、空」


声を掛けると、

透真が振り返った。


「あ、神代先生」


その顔が、

少し嬉しそうだった。


「星見るの好きなんです」


透真は自然に言う。


「今日、

一番星見えるかなって」


その言葉に、

神代は少し黙った。


昔。


自分も同じことを考えていた。



「先生も星見るんですか?」


透真が聞く。


神代は小さく肩をすくめた。


「……昔はな」


「今は?」


「最近はあんまり」


透真は少し不思議そうな顔をした。


「もったいない」


真っ直ぐに言う。


神代は思わず笑った。


「お前、

結構はっきり言うな」


「だって好きなものって、

好きな方が楽しいじゃないですか」


その瞬間。


神代は少しだけ目を細めた。



透真は、

星の話をする時、

本当に楽しそうだった。


目が輝く。


声が弾む。


夢中になる。


それを見ていると、

懐かしくなる。


昔、

自分もこんな顔をしていた気がした。



天文部の顧問になったのも、

偶然みたいなものだった。


でも。


透真が入部してから、

部室へ行く回数が増えた。


「神代先生!」


名前を呼ばれる。


透真が笑う。


それだけで、

部室の空気が少し明るくなる。



ある日の夜。


観測会準備。


透真は星図を抱えながら、

神代の隣へ来た。


「先生、

これって今日見えますか?」


近い。


しかも目がキラキラしている。


神代は星図を見るふりをしながら、

小さく息を吐いた。


「……見える可能性は高い」


「ほんとですか!」


嬉しそうに笑う。


無防備すぎる。



「星宮」


「はい?」


「好きなものの話してる時、

お前ほんと楽しそうだな」


透真は少し照れたように笑った。


「好きだから」


その返事が、

妙に胸に残る。



神代は、

教師だった。


だからちゃんと線は引く。


踏み込みすぎない。


近付きすぎない。


でも。


透真を見ていると、

時々思ってしまう。


――こんな風に。


真っ直ぐに、

好きだと言えたらよかった。



帰り際。


透真が屋上の扉の前で振り返る。


「神代先生と話すと落ち着きます」


柔らかく笑う。


神代は少し止まった。


透真は気付かないまま、

そのまま去っていく。


静かになる屋上。


夜風。


遠い星。


神代は小さくため息を吐いた。


「……教師相手に、

無防備すぎるだろ」


呟いて。


でも視線は、

透真が消えた扉から離れなかった。


<i1161748/51007>

読んでいただきありがとうございます!

神代先生の話。

先生は大人なんでね、踏み込みはしません(笑)


次回より5章スタートです!

毎日21時に投稿予定です५✍⋆*

続きが気になったら評価やブックマークをお願いします


⭐️登場人物紹介:https://ncode.syosetu.com/n5363me/1/

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