【第4章】第8話 「遠い星」
―第8話「遠い星」
神代は昔、
星が好きだった。
夜更かしして図鑑を読んで。
冬の屋上で空を見上げて。
名前も知らない星を、
必死に探していた。
でも。
大人になるにつれて、
そういう時間は減っていった。
教師になって。
忙しくなって。
いつからか、
空を見上げる余裕もなくなっていた。
☆
「起立、礼」
四月。
新学期。
教室にはまだ少し緊張した空気がある。
神代は出席簿を閉じながら、
教室を見渡した。
その時。
窓際の席。
ひとりだけ、
外を見ている生徒がいた。
星宮透真。
風でカーテンが揺れる。
透真は空を見ていた。
ぼんやり。
でも、
どこか楽しそうに。
神代は少しだけ目を細める。
……変わったやつだな。
それが最初の印象だった。
☆
「星宮」
授業中。
神代が名前を呼ぶ。
透真がハッとして顔を上げた。
「聞いてたか」
「……途中までは」
教室が笑う。
神代は小さくため息を吐いた。
「空見てただろ」
「すみません……」
素直に謝る。
でも。
悪気がないのが分かる。
☆
その日の放課後。
神代は職員室へ戻る途中、
屋上近くで透真を見つけた。
フェンス越しの空。
夕焼け。
透真はまた、
空を見上げている。
「好きだな、空」
声を掛けると、
透真が振り返った。
「あ、神代先生」
その顔が、
少し嬉しそうだった。
「星見るの好きなんです」
透真は自然に言う。
「今日、
一番星見えるかなって」
その言葉に、
神代は少し黙った。
昔。
自分も同じことを考えていた。
☆
「先生も星見るんですか?」
透真が聞く。
神代は小さく肩をすくめた。
「……昔はな」
「今は?」
「最近はあんまり」
透真は少し不思議そうな顔をした。
「もったいない」
真っ直ぐに言う。
神代は思わず笑った。
「お前、
結構はっきり言うな」
「だって好きなものって、
好きな方が楽しいじゃないですか」
その瞬間。
神代は少しだけ目を細めた。
☆
透真は、
星の話をする時、
本当に楽しそうだった。
目が輝く。
声が弾む。
夢中になる。
それを見ていると、
懐かしくなる。
昔、
自分もこんな顔をしていた気がした。
☆
天文部の顧問になったのも、
偶然みたいなものだった。
でも。
透真が入部してから、
部室へ行く回数が増えた。
「神代先生!」
名前を呼ばれる。
透真が笑う。
それだけで、
部室の空気が少し明るくなる。
☆
ある日の夜。
観測会準備。
透真は星図を抱えながら、
神代の隣へ来た。
「先生、
これって今日見えますか?」
近い。
しかも目がキラキラしている。
神代は星図を見るふりをしながら、
小さく息を吐いた。
「……見える可能性は高い」
「ほんとですか!」
嬉しそうに笑う。
無防備すぎる。
☆
「星宮」
「はい?」
「好きなものの話してる時、
お前ほんと楽しそうだな」
透真は少し照れたように笑った。
「好きだから」
その返事が、
妙に胸に残る。
☆
神代は、
教師だった。
だからちゃんと線は引く。
踏み込みすぎない。
近付きすぎない。
でも。
透真を見ていると、
時々思ってしまう。
――こんな風に。
真っ直ぐに、
好きだと言えたらよかった。
☆
帰り際。
透真が屋上の扉の前で振り返る。
「神代先生と話すと落ち着きます」
柔らかく笑う。
神代は少し止まった。
透真は気付かないまま、
そのまま去っていく。
静かになる屋上。
夜風。
遠い星。
神代は小さくため息を吐いた。
「……教師相手に、
無防備すぎるだろ」
呟いて。
でも視線は、
透真が消えた扉から離れなかった。
<i1161748/51007>
読んでいただきありがとうございます!
ー
神代先生の話。
先生は大人なんでね、踏み込みはしません(笑)
次回より5章スタートです!
ー
毎日21時に投稿予定です५✍⋆*
続きが気になったら評価やブックマークをお願いします
⭐️登場人物紹介:https://ncode.syosetu.com/n5363me/1/




