【第4章】第5話 「君のいる景色」
―第5話「君のいる景色」
紬は、人と話すのが少し苦手だった。
静かな方が楽。
ひとりの時間の方が落ち着く。
だから高校に入ったばかりの頃も、
教室の空気にまだ慣れなかった。
知らない人ばかり。
騒がしい声。
新しい環境。
疲れる。
そんな中で。
教室の窓際にいる星宮透真だけは、
少し空気が違って見えた。
☆
昼休み。
春の風。
カーテンが揺れる。
透真は窓際で、
静かに空を見ていた。
ぼんやり。
でも寂しそうじゃない。
むしろ、
嬉しそうだった。
風で黒髪が揺れる。
光が横顔に落ちる。
紬はその姿から、
目を離せなかった。
綺麗だと思った。
本当に。
びっくりするくらい自然に。
☆
「紬?」
後ろから声。
夕花だった。
「どうしたの」
「……なんでもない」
紬は小さく首を振る。
でも。
なんでもなくはなかった。
あの横顔が、
頭から離れない。
☆
数日後。
日直の日。
紬は大量のプリントを抱えて、
職員室へ向かっていた。
重い。
前が見えにくい。
しかも途中で、
紙が少し崩れる。
「あ……」
落ちそう。
その瞬間。
横から手が伸びた。
「持つよ!」
聞こえた声。
顔を上げる。
透真だった。
「え」
「半分こっち」
自然だった。
迷いがない。
透真は当たり前みたいに、
重たい書類を持ち上げる。
「職員室でしょ?」
笑う。
その顔が優しくて、
紬は少し言葉に詰まった。
☆
「ありがとう……」
職員室前。
紬が小さく言う。
透真は首を振った。
「全然!」
本当に、
なんでもないことみたいに笑う。
でも紬にとっては、
違った。
高校に入ってから。
周りに馴染めなくて。
少し不安で。
うまく笑えなくて。
そんな時に。
こんな風に、
自然に手を差し伸べられたのが。
すごく嬉しかった。
☆
「紬ちゃんって静かだよね」
教室へ戻る途中。
透真が歩きながら言う。
紬は少しだけ肩を揺らした。
「……ごめん」
「え!?
なんで!?」
透真が本気で驚く。
「静かなの、
悪いことじゃないでしょ?」
真っ直ぐな目。
紬は少しだけ目を伏せた。
「……あんまり、
そう言われたことない」
「そうなの?」
透真は不思議そうだった。
「俺、
紬ちゃんの空気好きだけどな」
さらっと言う。
本当に自然に。
紬は思わず立ち止まった。
心臓がうるさい。
☆
それから。
透真はよく紬へ話しかけるようになった。
「これ運ぶ?」
とか。
「今日夕花部活だって」
とか。
「その髪型似合う」
とか。
全部、
あまりにも自然。
距離感がおかしい。
でも。
その優しさに、
何度も救われた。
☆
放課後。
教室。
夕花が頬杖をつきながら言う。
「紬、
最近星宮とよく話すじゃん」
紬は少し黙った。
「……透真くん、
優しいから」
「それは分かる」
夕花も小さく笑う。
「無防備すぎるけど」
「うん」
そこは本当にそう。
☆
窓際。
透真がまた空を見ている。
夕焼けが、
横顔を淡く照らしていた。
綺麗だった。
最初に見た時と同じくらい。
いや。
今の方がもっと。
☆
「紬ちゃん?」
名前を呼ばれる。
透真が振り返る。
笑う。
その瞬間。
紬は静かに思う。
たぶん、
一目惚れだった。
教室から空を見上げる、
あの綺麗な横顔に。
でも今は。
見た目だけじゃない。
優しいところも。
真っ直ぐなところも。
放っておけないくらい無防備なところも。
全部、
好きになってしまっている。
「どうしたの?」
透真が首を傾げる。
紬は小さく笑った。
「……なんでもない」
言えるわけない。
こんなに目を奪われてるなんて。
読んでいただきありがとうございます!
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紬ちゃんが透真に一目惚れする話。
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