【第3章】第4話 「名前を呼ぶ距離」
―第4話 「名前を呼ぶ距離」
夕方前の観測地。
山の空気は澄んでいて、
風が少し涼しい。
天文部は観測準備の真っ最中だった。
「機材こっち運ぶぞー」
和希先輩が声を上げる。
「はい!」
透真がすぐ反応する。
その後ろを、
裕翔が機材を抱えて歩いていた。
「重くない?」
「大丈夫。
裕翔の方が重そう」
「俺は慣れてる」
自然な会話。
自然な距離。
薫は少し離れた場所から、
その様子を見ていた。
……ほんと近い。
なんか、
普通にイラつく。
☆
「透真くん、
その脚立押さえてるから上登って」
「はい」
和希先輩に言われ、
透真が脚立へ上がる。
観測用ライトの調整らしい。
けれど。
「……高」
透真、
若干ふらつく。
「危なっかしいなあ……」
和希先輩が下から脚立を支える。
透真は真剣な顔で手を伸ばした。
「もうちょっと右ですか?」
「そうそう」
その時。
ぐらっ。
脚立が小さく揺れた。
「っ、透真くん!」
和希先輩が咄嗟に腕を伸ばす。
透真の身体を引き寄せるように支えた。
「うわっ」
「だから言ったでしょ〜!?」
かなり本気で焦っている。
透真は目を瞬かせた。
「……すみません」
「怪我したらどうするの」
完全に保護者だった。
そのやり取りを見て、
夕花がすぐ近寄ってくる。
「透真、大丈夫!?」
「うん、平気」
「だから危ないって言ったじゃん!」
「言われてない」
「今言った!」
夕花は真面目に怒っていた。
でも透真は少し笑ってしまう。
「夕花、
なんかお母さんみたい」
「は!?」
夕花が赤くなる。
その反応を見て、
紬がくすっと笑った。
「夕花ちゃん、
すごい心配してた」
「そ、それはするでしょ!」
「うんうん」
紬は穏やかに頷く。
でもその視線は、
しっかり透真を見ていた。
☆
少し離れた場所。
神代先生は腕を組みながら、
その光景を見ていた。
和希は相変わらず世話を焼きすぎ。
夕花は分かりやすい。
透真本人は、
たぶん何も分かっていない。
「先生、
笑ってる」
隣で機材確認をしていた昴先輩が言う。
神代先生は小さく肩を竦めた。
「いや。
青春だなと思って」
「……」
昴先輩は少し黙る。
その視線の先には、
透真。
脚立から降りたあとも、
楽しそうに空を見上げている。
「昴先輩!」
呼ばれて顔を上げる。
透真が機材を抱えて、
こちらへ来ていた。
「これ、
どこ置けばいいですか?」
“昴先輩”
その呼び方が、
思った以上に胸に残る。
昴先輩は少しだけ間を空けた。
「……こっち」
「はい」
透真は素直に頷く。
その横顔を見ながら、
昴先輩は静かに息を吐いた。
なんなんだ、
この感覚は。
後輩相手に。
しかも一年。
なのに、
目で追ってしまう。
神代先生はそんな昴先輩を見て、
なんとなく察する。
……こっちもだいぶ重症か。
☆
日が沈み始める。
空はゆっくり、
夜へ変わっていく。
透真は望遠鏡の横で、
楽しそうに機材を覗き込んでいた。
「和希先輩、
これって合ってます?」
「合ってるよ〜」
「昴先輩、
この星って――」
「まだ少し早いな」
次々話しかける。
先輩二人、
普通に返してしまう。
その様子を見ていた薫が、
なんとも言えない顔をした。
……なんであんな自然なんだよ。
伊織はその横で、
静かに口元を緩める。
「薫、
顔怖い」
「は?」
「分かりやすい」
「意味分かんねえ」
薫は即座に否定した。
でも、
自分でも少しだけ分かっていた。
透真が誰かと楽しそうにしていると、
妙に落ち着かない。
☆
その時。
「透真」
低い声が飛ぶ。
神代先生だった。
透真が振り返る。
「足元」
「あ」
透真、
コードを踏みかけていた。
神代先生が軽く腕を引く。
距離が近い。
でも一瞬だけ。
「星見ると周り見えなくなる癖、
まだ直ってないな」
少し呆れた声。
透真は気まずそうに笑う。
「……すみません」
「怪我するなよ」
その言い方は、
教師として当然の注意。
なのにどこか、
優しかった。
その様子を見ていた裕翔が、
なんとなく眉を寄せる。
薫も少し黙る。
伊織だけが静かに目を細めた。
透真は本当に、
誰の心にも自然に入り込む。
読んでいただきありがとうございます!
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透真くんが順調にみんなから可愛がられてにっこりです(笑)
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