【第2章】第5話 夜空の名前
―第5話 夜空の名前
放課後の校舎は静かだった。
部活へ向かう生徒たちの声も少しずつ減って、廊下には夕暮れの光だけが落ちている。
透真は図書室から出ると、小さく息を吐いた。
「終わった……」
今日は図書委員の当番だった。
本の整理をしていたら思ったより時間がかかってしまい、気づけば外はかなり暗くなっている。
窓の外を見る。
雨上がりの空は綺麗に晴れていた。
「星、見えそう」
その時だった。
ふと視界の端に、人影が映る。
屋上。
フェンス越しに立っているのは、黒いスーツ姿の男だった。
「……神代先生?」
透真は思わず呟く。
少し迷ってから、そのまま屋上へ向かった。
扉を開けると、夜風が静かに吹き抜ける。
空にはいくつもの星が散っていた。
「珍しいな」
低い声。
神代先生がゆっくり振り返る。
細いフレームの眼鏡越しの視線は、相変わらず落ち着いていた。
「あ……すみません」
「謝ることか?」
「いや、なんとなく」
透真が小さく首を傾げる。
神代先生は少しだけ口元を緩めた。
「図書委員か」
「はい。ちょっと遅くなって」
「真面目だな」
「普通です」
透真はフェンスの近くへ歩いていく。
夜空を見上げる横顔は、どこか嬉しそうだった。
「今日、結構見えますね」
「そうだな」
「先生も星見るんですか」
「天文部顧問だからな」
「でも詳しいですよね」
その言葉に、神代先生は少しだけ黙る。
風が黒髪を揺らした。
「……昔、少しだけ」
「好きだったんですか?」
「まあな」
それ以上は語らない。
でも透真は、不思議とその沈黙が嫌じゃなかった。
静かな空気だった。
無理に喋らなくていい空気。
だから透真は自然と口を開く。
「オリオン座って、冬のイメージ強いですけど」
「ん?」
「実は夏でも見えるんですよね。昼間の空にあるから見えないだけで」
少しずつ声が弾み始める。
「あと星って、昔の人が名前つけてるの面白くて……ベガとかアルタイルとか、由来調べると結構好きなんです」
透真の目が、また少しずつ輝き始める。
神代先生は静かにその横顔を見ていた。
夢中になると、本当に表情が変わる。
普段はぼんやりしているくせに。
好きなものの話になると、目の奥に熱が宿る。
「先生?」
「……いや」
神代先生は小さく息を吐いた。
「お前、好きなものの話してる時、本当に楽しそうだな」
「え」
透真がきょとんとする。
「そうですか?」
「自覚ないのか」
「……ないです」
神代先生は小さく笑った。
本当に無防備だ。
その時。
「……あ」
透真が少し背伸びをした。
フェンス越しに空を見上げようとしているらしい。
危なっかしい。
神代先生は自然に片手を差し出した。
「落ちるなよ」
「あ、」
透真は素直にその手に軽く触れ、体勢を整える。
「ありがとうございます」
何の躊躇いもない。
教師相手だという警戒心が薄すぎる。
神代先生は内心で小さく眉を寄せた。
けれど透真は全く気づいていない。
「……あ、先生」
「なんだ」
「先生と話すと落ち着きます」
その言葉に。
神代先生はほんの一瞬だけ動きを止めた。
透真は気づかないまま、空を見上げている。
「静かだからですかね」
「……かもな」
それだけ返すのが精一杯だった。
しばらくして。
「じゃあ俺、そろそろ帰ります」
透真がぺこりと頭を下げる。
「気をつけて帰れ」
「はい。先生も」
扉が閉まる音。
屋上に静寂が戻る。
神代先生はしばらく夜空を見上げていた。
それから小さく息を吐く。
「……教師相手に無防備すぎるだろ」
誰もいない夜空に、その呟きだけが静かに溶けていった。
読んでいただきありがとうございます!
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透真と顧問の神代先生との話です。
神代先生は、透真・薫・夕花・紬のクラスの担任でもあります。
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毎日12時か21時に投稿予定です५✍⋆*
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⭐️登場人物紹介:https://ncode.syosetu.com/n5363me/1/




